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ふと目を見やると、雲一つ無い青い空が頭上に広がっている。ホリゾンは雲海だったり、大海の様でもあったし、緑の田畑も広がっているような、そんな場所に立っていた。
俺は先日、アニメ制作会社のスタジオにガソリンを撒いて、チャッカマンで火をつけた。もちろん、火をつけたら逃げるつもりだったが、ガソリンというのは、まき散らして、気化させると想像を超えた爆発力を持つのだな、と自分も火だるまになって、近所の家の呼び鈴を鳴らし、助けを求めた時思った。それから、自分は夢の中にいる。今はだから青い空とホリゾンは青と白と緑が混ざった、そういう場所に居ることは理解している。澄み切った青空の青には俺は何も感じない。赤い色が好きなんだ。オヤジが自殺した現場の、あの血の海の中の赤と同じ。赤は自分に勇気を与えてくれる。今も赤いTシャツとジーンズの出で立ちで、そのあんまり気に入らない場所に立っている。周りに人は居ない。絶望的なほど一人だ。いいんだ、人間なんか。皆燃えてしまえばいい。赤い血を流しながら死ねばいい、そう思っている。ふと気がつくと、向こうから、青い服とネイビーのスカートを履いた、年の頃女子高生と思われる女が歩いてくる。直近2メートルまで近づいて、女はこういうんだ。
「ようこそ、生と死の狭間、あの世とこの世の境目の場所によくおいで下さいましたね」生と死の狭間? ああ、俺は火だるまになって、どうもまだ生きているようだ、これから死ぬのかどうなのか、夢の中だから釈然としない。死ぬなら死ぬで、痛い事や苦しい事から解放されるのだからいいだろう?
「いいえ、あなたは死ぬまで生きなくてはいけないのです。世界最高の外交官・文化親善使節を35人も焼き殺したのだから、罰があるとしたら、死ぬまで生きなくてはいけないのです」そう言われて、俺はむっとした。
「は、オマエみたいな嬢に、俺の苦しみの何がわかるってんだ」
「あー、私はね、常総市の長塚節文学賞に応募するつもりで、『言葉と理由』という小説の構想を練っている最中だった」
「は、常総市、あんなところは、どうでもいい、くだらない田舎だろうがよ」
「『言葉と理由』は常総市水海道と、板東市岩井が舞台の高校の文芸部の物語なの、それをあなたが赤い服を着なければ、快活に小説が書けたってモノを……」
「水海道? 岩井? ああ、確かにどちらも事件を起こしたがね、いいじゃねぇか、あんなくだらない田舎で何やろうと俺の自由だし、世界なんてのは、苦しみと憎悪に満ちているんだ、俺はその具現者だ」
「いいえ、違うわ。世界というものは、豊かで、美しくて、優しいのが本当の世界なの。あなたは生い立ちで、世界の感じ方が赤い色なのよ」
「赤! いい色じゃねぇか。俺は赤い色に勇気をもらうんだ。ガソリンを撒く勇気がでたんだ、それでいいじゃねぇか」
「この世界を見なさい。どこに赤い色が存在すると言うの? たまに赤い花は咲くことはあるけど、それは、この世界の主役の色ではないわ。もし主役になるとしたら、あなたや私の中に流れている血の色だけれど、それは自分の身体を切り刻む位でしか確認出来ない、そういう事よ」
「ああ、そうだ。ガソリンが燃えて建物は赤い火の色に染まった。もちろん、自分の身体も火だるまになって皮膚がただれて、赤い色を見る事になったことに、後悔はしていないが」
「もう一度言うけど、あなたは死ぬまで生きなくてはいけないの。時期は私は知らないけれど、そんなあなたの魂や意識もやがて、この境界線のさらに上のあの青い空の向こうに登っていくのよ。そしてまたこの大地に降りてくる。もっとも人間になって降りてくるかは、それは大宇宙とあなたの存在次第なんだけれどね」
「大宇宙? は、そんな大層な事を言われてもね、俺は俺の恨みを晴らしたかっただけで、そしてそれを実行したまでだ」
「あのね。大宇宙と人間の実存というのは等価なの。大宇宙はすなわちあなたであり、私なの。宇宙のオウムガイって知っている? 大宇宙の構造も、海の中のオウムガイも同じ構造を示すし、宇宙でも地球上でも、安定した形というのは六角形だって事も科学は解明しているわ」
「は、そんな事知ったことか。俺は、俺だ。俺をここまでにした世の中が悪いんだ」
「あなたね、例えば、太陽と惑星って、宇宙に不動のモノだと思っている? 太陽系だって、惑星を引き連れて、太陽系ごと銀河系の中を一定の方角へ向かって移動しているのよ」「は、それがどうした?」
「あなた、火だるまになったとき、痛かったでしょ? 熱いって思ったんでしょ?」
「ああ、確かにな。チャッカマンでさっと火をつけたらさっさと逃げて遠くから燃える様子を眺めたかったけどな」
「もう一度言うわ、あなたは死ぬまで生きなくてはいけないの。どうもまだ、あなたは、ココよりさらに高い、あの青空の向こうには行かないようね、それでは、ここまで、次ぎにあなたが目を開けたら、目の前には何が見えるかしらね、それじゃ、さようなら、意識の交流はここまでよ。あとは現実が待っているわ」
ふと目を開ける気になった。つまり夢の世界から、現実へと戻った様だ。今はまだ目を閉じているが、目を開けたら、何が見えるか。身体は動かない。瞼だけが自分の思い通りになる。そうして俺は目を開けた。
目の前に広がったのは、病院の、白い天井と、蛍光灯の明かりだけだった。もちろん俺の嫌いな青い空は見えない。好きな赤い色も見当たらない。折角瞼が開けられたのだから、しばらく、その病院の天井を見ていた。遠くから、声が聞こえる。
「どうも、意識がまた強く戻って瞼を長時間目を開けたようです」
「その程度じゃ、まだ逮捕状の執行は無理だろう、やるせないな、こんな仕事しなくちゃいけないのか」
「職務ですから」
「ああ、くそっ」
小気味いい言葉を聞いて俺は満足した。また少し眠ろうか、今度は赤い色に囲まれた世界の夢を見たい。全身からチクチクした痛みが沸き起こるが、俺は瞼を閉じた。大好きな赤い色の夢見るまで、目を開けるのはよそうと思った。
了 2019/08/02
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