2025年8月22日金曜日

中島英樹@ブルーアイリス著 フローラの追憶 第一部 第1章 バラ(愛、温かい心)の章

 

 「それでは行ってきます」

 「おう、しっかりな。導入は、今まで一年見てきて分かるだろ、スマートにやって来い」 

「はい、わかりました。頑張ります」

 アシスタントデザイナーの青島真は襟を正して、部屋のドアを開けた。

 仕事を初めて任され、これから打ち合わせに出る。 

 緊張の中、青島はビルの階段を下りていった。

 外に出ると綺麗な青空が広がっていた。春日部駅東口の三階建ての小さなビルの三階に真が所 属するデザイン事務所、ワンダースケープがある。

 「やれやれやっと一年経ったか、まだまだだなぁ」と一人言をつぶやきながら、春日部駅の横断地下道に向けて歩き出す。

 季節は春だ。古利根川の桜吹雪の余韻を感じながら、真は自分の中に沸き立つ絵心を抑えきれないでいた。

 「あー油絵描きたい、いや描かなくちゃ」などと思いながら、程なく横断地下道を潜り抜けて、春日部駅西口に出た。これから何をしに行くか?というと、チラシと WEBデザインの打ち合わ せに出る。店の名前は「花の店フローラ」だ。西口のロータリーを抜けて、春日部郵便局の前 まで歩く。郵便局の向かいにフローラはある。花屋にしてはかなり大きな店で、新規の事業を起こすために、今回チラシとWEBデザインの相談をワンダースケープに入れていた。今日はまずチ ラシの打ち合わせがメインで、 WEBデザインの話は次回になるだろう。

 真はデザインの見習いを始めてから、一年が経つ。去年の今頃は右も左も分からなかったが、アートディレクターの墨田についていろいろなことを教わった。名刺にはdesigner の肩書きがつい ているが、実質アシスタントデザイナーだった。一年経って墨田はそろそろ真をステップアップ させようと、フローラの仕事の打ち合わせに出したのだった。

 程なくして、真はフローラの前に立った。店先の花の並びを見て綺麗だな、と青島は思った。

 「こんにちは、ワンダースケープの青島です。チラシの打ち合わせにやってまいりました」

 店先には女性一名と男性が一名、それぞれにフラワーアレンジメントをやっていて、結構忙しそうだった。

 「ワンダースケープさんですか。チラシの件ですよね。社長は奥にいますので、どうぞ」

 店の奥にはたして社長は机に向かって帳簿を整理しながら、座っていた。

「はじめまして、ワンダースケープ、デザイナーの青島真と申します」

 緊張の中青島はそう挨拶すると、社長が返してきた。

 「お待ちしていましたよ、早速打ち合わせに入りましょう」

 「はい」

 「まずはね、春先のフラワーアレンジメントの売りに出したいのと、花の苗のセール品、ウチは結婚式場にフラワーアレンジメントを納品しているからその辺もチラシに入れたいんだよね」 

 「はい、分かりました」

 「チラシをうつのは随分久しぶりなんだけど、青年会議所で墨田さんと話して、うって見よ うか、って気になってね。それで。」

 社長の外見は多分 50歳くらいに、真には見えた。落ち着いた初老の男性という雰囲気で、人を リラックスさせる何かを持っているように、青島は感じた。

 「なるほど、デザインはどうしましょう。何かサンプルとかはありますか?」

 「うーん、コレといってないんだよね。大体花屋はあんまりチラシうたないからね。デザインは任せるよ。原稿は今考え中で、あとでワンダースケープさんにファックスするからさ」

 「はい、分かりました。ではお待ちしております」

 「チラシの配布日はゴールデンウィークまでには入れたいけど、詳細はまだ固まっていないん だよね。ああ、あととうとうウチもインターネットでホームページで宣伝するか、ということになってきてるので、どうかな、導入の相談にも乗ってくれるかな」

 「はい、ホームページの事を WEBって言い方しますが、WEBデザインもやっていますので、ヨロシクお願いします」

 「ああ、頼むよ。うちらアナログ人間ばっかりでねぇ。ようやく最近テレビをデジタルに変え たばかりでさ。パソコンも使った事無いんだよねぇ」

 「お任せください。あああとになっちゃいましたけど、名刺渡します。青島です。よろしくお願いします」

 「おっと、そうだね、ウチも名刺渡しておこうかね、墨田さんには渡しといたけど、早瀬です」

 「はい、それでは、原稿お待ちしております。それからラフデザイン起こしますので起こしたら持ってきますので」

 「分かった、ファックスするわさ」

 「それでは、これで」

 「ああ、それじゃぁね」

 真は席を立ち、机に広げた参考資料を畳んで鞄に入れ、出口へ向かう。出口を出れば若い女性 がフラワーアレンジメントを男性店員に教わりながら、多分結婚式場に納品するであろうブーケを作っていた。真は足を止め、興味本位で女性の手つきを観察した。その時真は心臓がドキンとなるのを感じた。女性の雰囲気がとても大人びていて、興味の対象がブーケから女性自身へと移っていった。

 「はー」

心の中でため息をつき、女性の顔を眺めている。

 「オトナっぽいなー、オレより年上かな。でも綺麗だな、あの長い髪。いいなー」などと心の中でつぶやき、声を掛けてみようか、と思いついた。

 「うん?涼子に興味があるのかな?」

 うしろから社長が間髪いれずに突っ込みを入れてきた。

 「はぁ、まぁその、長い髪が綺麗ですね」

 「はい?ワタシのことですか?ありがとうございます」

 「紹介すると、私の姪で、早瀬涼子、21歳、今年の春からフラワーデザイナー見習いを始めたんだよね。コネ入社だ」

 「は?オレより年下なんですか?見えないなぁ」

 「まぁわけありでウチで引き取って、仕事してもらう事になったんだよ」

 「早瀬涼子です。はじめまして」

 「ああ、えーーっと青島真です。自分もまだ働き始めて一年で駆け出しです」

 「そうなんですか、花はお好きですか?」

 「好きっていうか、自分絵を描くのが本領なんですけど、美しいものが好きみたいです」

 「そうですか、花はいいですよ、優しい気持ちになれるって言うか。」

 「はぁ。それ結婚式場に下ろすブーケでしょうか?」

 「そうですよ、これで 2回目だけど、なかなか難しいですね、まとめるのって」

 「仕事、がんばってくださいね、それじゃオレはこれで」

 「はい、またでーす」

 真は心臓の鼓動と硬直した自分の心の断裂に気がついた。

 「コレって恋なのかな、恋ってやつか?なんだ、こんな気持ちになったのは初めてだぞ」

 真は 22歳で女と付き合った事が無かった。高校時代は男子校で女子と接触する機会は無かったし、何よりも絵を描くことに夢中で、恋愛やセックスは縁の無いものとして生きてきた。大学受験・一年の浪人の時も女子は傍らにいたが、自分の理想とは程遠かったので、やっぱり絵に没頭していたし、大学をあきらめ専門学校に習っても、女性には関心が無かった。アニメやゲーム やマンガ・インターネットが面白くてしょうがなかった。で、周りはミナ大人の階段を登っていっていたが、真はまだ踊り場でうろうろする、という状況なのだった。

 「あの長い髪、長いほっそりした足、瞳、きれいだったなぁ」などとつぶやきながら、地下道をくぐり、会社のあるビルへ帰ってきた。

 墨田が様子を聞く、やはり一人で打ち合わせに出したのが気になっていたようだ。  「どうだった?はじめての打ち合わせは?」

 「はぁまぁ社長のやってる通りのことをやってきましたよ。原稿は週末までにファクスで送るそうです。デザインはお任せなんですが、なんか逆に不安なんですが」

 「お前の仕事だからな。最後まできっちりやってくれよな」

 「はぁでも花屋って素敵な環境ですね、初めて知りましたよ、フローラ」

 「あそこの社長さんとは青年会議所で知り合ったんだよね。随分昔からやってるみたいだけどウチとは縁が無かったなぁ。花屋でチラシうつのも珍しいしな。ネットもやる気みたいだから、発展すれば面白いことになりそうだけどな。まぁがんばれ」

 「はい、で、とりあえずフローラは原稿待ちだから今日はこれからどうします。レギュラーのページ物の組版でもやりましょうか」

 「おう、そうだな、いつものエロ本の組版が待ってるな。それも任せた、俺はこれから打ち合わせに行ってくるさ。」

 そういうと墨田は鞄を提げて、出て行った。

 「青島クン、花屋で何かあった?、なんか違う。いつもの青島君じゃない!」

 同僚の西園寺恵子が直感的なものの言い方で、真の中に芽生えた恋心を見抜いてきた。どっきりした真は慌てて否定する。

 「いえ、自分はなんでもないですよ、いつもの青島です、いやだなぁ女の勘ですかね」  西園寺と青島はおない年だが、西園寺は高校卒業後すぐに二年制の専門学校に入ったので、キャリアは青島より一年上だ。女に弱い青島はタメ口は聞けずに敬語で話すことが通例になっていた。恵子は仕事は出来る、青島は先輩の実績を観察しながら自分の糧にすることを心がけていた。真は、自分の机に立ち、椅子に座り Macを起動した。

 「さて、明日までに4ページでしたっけか、楽勝ですかねぇ。西園寺さん」

 「そうねー、ウチのルーティン・ワークだから大事にね。それにしても」

 「はい?それにしても、なんでしょうか」

 「なんかいい人見つけたかな?私の直感がそう告げているんだけど」

 「え?はぁ、まぁいい人っていうか、スゲー出会いはありましたよ、正直言って」

 「いい人ね。電話番号とか聞いたりしてる?そんな勇気は無いか。彼女いない暦 22年だっけ。そろそろ何とかしないとね。周りはミンナ大人になってゆくのに」

 「あーまたその話ですか、自分はいいんですよ、いい人いない ……って今日いましたっけが」

 「ほうーどんな人?ワタシよりか魅力的かなぁー?」

 「西園寺さんに話すんですか、なんか調子狂うけどなぁ」

 「なんで、興味あるわ、話してよ」

 「いや、花屋のフラワーデザイナー見習いの 21歳で、ロングヘアが綺麗でしたよ。胸がキュンとなったんですよねー」

 「ふーん、美人だった?」

 「いや、ため息が出るほどの美人でしたよ。でもブーケ作ってる手つきはぎこち無かったですけど。入社してまだ一週間って話だから、まぁねぇ」

 「青島君でも恋に落ちるんだ。ワタシ心配してたのよね。ホモなのかオタクなのか、色恋には 縁が無かった人生でしょ、それじゃやっぱりツマラナイと思うわけね」

 「へーい、へい。すみませんね、男子校だったし、芸大目指してたし、デザイン始めちゃったらMacが面白くなって、女の子には興味なかったんですよね、そんな私ですけどね。さてさてエロ本の割付始めますよ。西園寺さん、いつものカット頼みますよ」

 「はいはい、そうねー私も花屋に興味でたから、次回の打ち合わせには一緒に行くわよ。なん か楽しみ」

 「えー、まいっか」

 真は一抹の不安を感じたが、すぐに仕事に夢中になった。明日は休みだから、久しぶりにキャンパスに向かうつもりだった。絵を描くことは彼には習慣となっているのだった。 そうこうしてるうちに午後8時を回った。雑誌レイアウトはほぼ完了し、データを出版社のサーバーにアップして、ひとまずは仕事は終わった。墨田は打ち合わせから直帰するとの連絡があり、西園寺と青 島は二人で事務所の戸締りをしてから、事務所の電気を消した。鍵をかけ、二人で階段を下りていった。西園寺が陽気な声で青島に話しかける。  「どうだ?今日はいつもの飲み屋で一杯やってくか?」

 「いいですよ、明日は休みですし。金曜の夜か。墨田さんいないからお金掛かるけど、はい」

 「いつもは社長のおごりだからねぇ。よし、行こう」

 春日部駅の東口の高層マンションの裏手に、店主の趣味の園芸で一杯の庭を持つショットバー「ラウンドアバウト」がある。かなり古くからある店で、墨田や西園寺の行きつけの店だ。去年から青島も一緒に飲むようになった。変わっていることといえば電気ブランがメニューにあって、浅草の神谷バーまで行かなくても春日部で電気ブランが飲めることだろうか。

「マスター、電気ブラン二つ、あとチーズ盛り合わせ」

「ほい、ありがとうございます」

 マスターは手馴れた手つきでグラスを用意し電気ブランを注ぎ込む。チーズの盛り合わせも、西園寺の好物だった。出された電気ブランを軽く飲んで西園寺は真の顔を見てニンマリしながら 語りかける。

 「青島真22歳、彼女いない暦も22年、こうしてみると結構いい男なのにね。不思議よねー、彼女どころか恋愛したこと無いっていうのは」

 「はぁまぁその話はいいじゃないですか。そんなこと言ったら西園寺さんだって、彼氏いないんじゃないですか?いいんですか?折角の青春なのに」

 「いーのよあたしは。専門学校で出来ちゃったけど、卒業でなんか会う気力なくなっちゃってさ。相手も仕事が忙しかったみたいでね会わなくなって一年経つけど、あまり気にならない。 自分も仕事が面白かったし、覚えることは山のようにあるし」

 「うん、うん」

 「そういう訳だから、ま、とにかく、モノにしてみなさいよ」

 「どうでしょうね、恋愛したいような、遠くに置いておきたい様な、複雑な気分なんですけどね」

そうつぶやくと、青島は電気ブランを一気に飲み干した。

 「明日は休みだけど、何するの?」

 「そうですね、油絵が自分の生業ですから、油絵でも描いてますよ、後はオートバイの免許取ることですかね、そろそろお金たまったので、高校生からの夢なんですよねぇ」  「今日の事はブログに書くの?結構あなたのブログ楽しみんなんだよね」

 「ええ、そうですね、ま日記ですから、書きます。ほのかな転換点ですからね」

 「ま、いいか、今日は軽く一杯って感じで、月曜からまた頑張りましょう」

 そういうと西園寺は電気ブランを飲み干し、マスターに精算を頼んだ。

 「まぁ、今日も割り勘ですね。はい、わかりました」

 「そういうこと、じゃぁ行こうか」

 二人は店を出て、そこで別れた。


題名 青島真の日記 4月9日

<今日は初めて仕事を任されて、チラシデザインの打ち合わせに花屋に行った。仕事は先輩のやるのを見ていて、まぁ無難に終わった。今日、自分は恋に落ちる、という人生初の感覚を味わったような気がする。髪の長い、とてもキレイなフラワーデザイナー見習いの女性に恋をしたらしい。瞳と瞳が合わさった瞬間のあの胸のドキンとなる感覚は、自分ははじめて体験した。会社の先輩には「モノにしなさい」といわれているが、自分は何をしたらいいのか分からない。とりあえずチラシのデザインを起こそう。なにせお任せなんだから >


 その日、真が帰ったあと、早瀬涼子は、結婚式場に納めるブーケ、テーブルフラワーの作成に苦心していた。この道10年の先輩の熊田が手取り足取り教えていた。この仕事で人生を進んでいくしかない、と涼子は思っていた。そこへ社長がやってきて話かける。  「どうだ?今の男の子、なかなか好男子だったじゃないか。涼子さんもそろそろ次の人生を歩んでみたらいいんじゃないか」と静かに言った。

 涼子はうつむき、顔をこわばらせながら返事をする。声は震えていた。

 「やめてください。今はそんな気にはなれないです。それよりおじさま、フラワーデザイン、 難しいです、今後やっていけるか不安なんですけど」

 「まぁまだ始めて一週間だろうに。慌てる必要はないんだよ、涼子さんはまだ若いし、それより何より何もしていないよりかはマシじゃないか。仕事で一人前になってみようじゃないか。キミの成長を楽しみにしているよ」

 先輩の熊田が合いの手を入れる

 「そうそう、人生前向きにさ。過去に縛られるにはキミはまだ若いんだって思うんだよ」

 熊田は年の頃30代半ばで、いまだ独身だった。ずんぐりとしたカラダで、野暮ったいメガネをかけていた。風采の上がらない感じだったが、フラワーデザイナーとしての腕は一流で、東京のホテルからの仕事のオファーを貰うほどなのだが、何故かフローラに居ついて10年になる。

 「前向きですか。でも ……」

 「人生、ヤマあり谷ありだしね。キミの場合はちょっと特殊だけど、そのうち未来を見るようになるだろうとも思えるけれどねぇ」

 「はい、それより熊田さん、 5時までにテーブルフラワー5組作って、コサージュ作って、ブーケ作ってって、間に合うんですか」

 「あああ、そうだね、早くやんないとね。大事な取引先の仕事だからね、しっかりやらないと って、キミもやるんだよ」

 「はぁ、はい」

 「オアシスを半分に切って、トレイに乗せて 5個並べてくれ」

 オアシスというのは、保水性能の高い花の装飾に使うベースになるスポンジみたいなものだった。熊田は手早くテーブルフラワーをアレンジしていく。その手つきを涼子はじっと見ていた。時間にして 15分で5個のフラワーアレンジメントは完成した。

 「はやーい、それにキレイに出来てますねぇ」と涼子は感嘆した。

 「注文は以上だな、今日納品だから車に積んで、一緒に納品に行こう」

 「はい、了解です。何もかもが初めてで、緊張しますね」

 「始めはみんなそんなものさ、さて行って帰って店じまいだ」

 「二人とも行っておいで、後片付けはオレがやっておくから。帰ってきたら三人でメシでも食 おう。おごるから」

 「はーい、それでは行ってきます」

 「よし、準備がオッケー、行こう」

 二人は配送用の軽トラックに乗り込むと、大通りを出て南へ向かい 2つ目の信号を右に曲がった 。得意先の結婚式場、インペリアルズはフローラから一キロと離れていない。毎日定期でフラワーアレンジメントの仕事をくれる、フローラの大得意だった。

 「さて、納品だ。」

 トラックを降りて、裏手の通用門からトレイに乗せたアレンジメント一式を抱えて、熊田と涼 子は中へ入っていく。警備員が軽く会釈をし、中に入るように手を振って指図している。

 「ほへー、コレが結婚式場……。やっぱり素敵な雰囲気ですね」

 「ま、こうゆうところなんだよ。今度は一人で来るようにね。早く仕事に慣れてもらうよ」

 「はいはい。」

 中ほどに、営業のスーツ姿の社員がいたので、声をかけて、部屋のテーブルにアレンジメント 一式を置いて、熊田が挨拶する。

 「それでは納品いたしましたので、よろしくお願いします」

 「ああ。ありがとうございます」

 「それでは失礼します」

 熊田は軽く挨拶をし、涼子も頭を下げて、そそくさと部屋を出て行った。車に乗ると、熊田はため息をつきながらつぶやく。

 「やれやれ、今日も終わったよー」

 「はい、また明日ですね」

 「社長とメシだ、涼子君、まぁ軽くビールでも飲もうじゃないか」

 「社長がおごってくれるのは、えーと初めてです、なんか特別なことでもあるのかしら」

 「ないない。ああ、でもあるとしたらインターネットで広告を打つという構想がどうもあるらしいから、その辺の話なんじゃないかな」

 「いんたーねっと、ですか。スミマセン私には縁が無かったです。メールも打てないんですよね」

 「あー、そう、メールくらい打てるようじゃなきゃ現代人とはいえないぞ」

 熊田はあきれたようにいいだした。そうこうしてるうちにフローラについた。店のシャッターは下りていて、あとは帰るだけに、社長がやってくれたらしい。

 「さすが社長です。店じまいやっていただきました」

 「はい」

 「社長、ただいま帰りました」

 「おう、ご苦労。じゃ、こらしょで一杯やって刺身でも食おうか。今後のことをちょっと話しておきたいんだよ」

 こらしょとは春日部西口のラブホテルの裏にある、8畳一間の小さな居酒屋だ。涼子は初めて だが、熊田と早瀬社長は常連になっている。フローラからは歩いて5分のところにある。三人は店の鍵を閉めるとつらつらとこらしょに向かって歩いていく。夕暮れの春風が生暖かくて、涼子は気分がよかった。冬を抜けた春の感触を味わいながら、歩いていく。

 こらしょの暖簾をくぐって、三人は入っていく。店に客は居なかった、寂れた店、では無いが 今日は時間的には早かったようで、三人は奥座敷に靴を脱いで上がった。

 「ビール三本とマグロの刺身盛り合わせと焼き鳥盛り合わせ三人前、よろしくだ」

 「かしこまりました」と社長が手早く注文をだした。ビールは早速運ばれてきて、三人は乾杯の体勢に入った。

 「それじゃ、乾杯」

 三人はグラスをぶつけた。熊田はおいしそうにビールを飲んでいた。涼子は酒を飲みなれてい ないので、チビチビと口に含ませる程度の飲み方だ。

 「で、早速の話なんだがね」と社長が切り出す。

 「はい、なんでしょうか」

 「先日、春日部青年会議所に顔を出したんだけどね。みんなインターネットやっててさ、話的はすごい事になってるんだよな。」

 「どんな風に凄いんですか、社長」熊田がビールを飲みながら問いかける。

 「いや、ホームページとかは知ってたんだが、最近マスコミでもやってるのはツイッターとかな、あとテレビ放送が出来る仕組みもあるらしいんだよ」

 「へーツイッターならテレビのドラマで知ってますけど、テレビ放送ってのは知らないですね 」

 「あ、あの私携帯電話持ってないですぅ」涼子が顔をしかめた

 「まぁ聞いてくれ、とりあえず店に光回線引いて、ホームページとツイッターで店の宣伝しようと思うんだ。時代に取り残されるにはフローラはそうじゃないからな。もちろんお洒落な内装 もやった、フラワーデザインも熊田のおかげで高水準だし。売れる要素はあると思うんだ。アレンジメントの通販もやってみようかとか思うんだけどね」

 「はぁ社長がお決めになったことなら従いますよ」と熊田は答えた。

 「まずはチラシでワンダースケープと仲良くなって、まぁあそこの墨田って社長と話しをしたんだけれど、インターネット導入の相談はできるってな。青年会議所で話したよ」 

 「ははぁ今日来た彼が先生になるんですかね」

 「うん、青島君っていったかな。インターネットには詳しいらしいから、また来週チラシのデザインが上がったら、いろいろ相談してみようと思う。涼子さんも携帯電話、そろそろ持たないとな。ウチの看板娘になって欲しいから、ツイッター担当になってもらうよ」

 「エー、私メールも使ったこと無いのにですか」

 「まだ若いんだから、なんとかなる。今時めずらしい、ケータイも持ってないなんてなぁ」

 「はぁ、親が許してくれなかったんですよね。」

 「なにはともあれ、来週、彼が来るのが楽しみですね」

 「うん、5月までには光回線引いて、店先にパソコンを一台置くことにするからね」  「パソコンは高校の授業で習ったので、ホームページ見ることくらいはできます」  「それでいい、オレもパソコンは初めてだけど、みんなやってることだしな」

 「おっと、刺身と焼き鳥が来ましたよ、食べましょう」

 「おう、がっつり食って明日も頑張ろうか」

 三人は、とりとめなく話をしながら食べ、飲んだ。三人とも新しい挑戦にココロが弾んでいることが分かり、なんとなく楽しい気持ちになっていた。程なく全部食べきったあと、三人は店をでて、それぞれの家に帰っていった。


1週間が過ぎた。真はこの一週間、かなり苦しんでフローラのチラシのデザインを完成させた。要 素は全部原稿どおりに入れた。アートディレクターの墨田のディレクションにしたがって、直しもし、自分のアイデアも入れた。参考作品が少ないので、彼の力量にデザインは掛かっていた。

 「墨田さん、フローラのチラシのカンプ、上がりました」

 「よし、出来たか?ちょっと見せてみろ」

 「はい」

 真はプリントアウトされた B5サイズのチラシのカンプを墨田に渡す。どう評価されるか、真は不安だった。初めて主体的に進めた仕事だから、自分自身が問われるような、そんな感覚を持ちながら、カンプを眺めてる墨田の方を見ていた。

 「うん、いいだろう、これで行って見ようか、ディレクションも効いてるし、素直にやってくれて、よかったんじゃないかな」

 OKが出た。青島は、内心ほくそえみながら、カンプを渡されて、机の上に置いた。さて後はやることは一つ、もちろんフローラの社長にカンプを渡すために出かけなければならなかった。

 「青島君、行くの?じゃ約束通り、私も行くからね。ちょっと待ってて、コレちょっとやってから、行くから」

 「はぁ、まぁ待ってますよ」

 「待つのよ」

 西園寺は、マッキントッシュに向かい、ディスカウントストアのチラシの写真の切り抜きをやっていた。コレもルーティーンワークの一つなのだが、単価の安い儲からない仕事だった。

 「よーし、終わったよー、いこういこう。早く青島君のオンナが見てみたい」

 「オンナって、そんなんじゃないですよ。でもときめいたのは事実なのだけれど」

 「いや、ホントに興味あるのよ、ワタシ」

 「それじゃ行きましょう。社長、フローラに一緒に行きます。青島君がいい人見つけたっていうから、ちょっと見てきます」

 「はいはい、行っておいで。そうそう青島、フローラの社長がインターネットの導入で相談 に乗ってくれって言うから、オマエ詳しいだろ、ちょっと話しして面倒見てやってくれないか」

 「はい、分かりました、それじゃ行ってきます。行きましょう西園寺さん」

 「よーし、行こう」

 「ははっ」

 ほどなくして二人はフローラにたどり着いた。週末の金曜日、店にお客は主婦らしい女性が 一人、バラやガーベラを眺めているくらいで、ヒマそうだった。奥では涼子がしっとりとフラワーアレンジメントを練習していた。店頭では熊田がヒマそうにタバコを吸って立っていた。店先 を二人がくぐって、青島が挨拶をする。

 「こんにちは、チラシのカンプお持ちしました」

 「よお、来たかい。奥で社長が待ってるよ」と熊田がタバコをくゆらせながら、奥へ入るよ うに、合図した。西園寺はひそひそ声で真に話す。

 「打ち合わせは行って、ワタシは花を見ているわ。ふーんあの背の高いオンナの人か、ちょっ と話してみるわ」

 「それじゃちょっと社長と話してきます」

 「おっけ」

 真は奥のドアを開けて事務室に入っていく。

 「こんにちは社長さん、チラシのカンプお持ちしましたよ。よければ、来週土曜日にオリコミ入ります。印刷は一ノ割の印刷屋使ってよろしいですか。」

 「どれどれ、見せてみな」

 と言われたのでカンプを社長に手渡した。じっくりカンプを見る社長。

 「うん、いいんじゃないか、折込は来週土曜日に入れるように手配してくれるか」  「はい、なんか追加原稿とか、修正はないですよね」

 「無いな、これでいいよ。あとはもう一つは墨田さんに聞いてると思うけど、インターネットの導入の相談なんだけどね」

 「はい、聞いてますよ。インターネットで広告うつって話で、自分が相談に乗ってやってくれって言われてます」

 「そうそう、」まず何から始めたらいいかな」  「まずはパソコン買って、インターネット回線を開くことから始めては如何でしょう」  「パソコンか、中古で安く買った方がいいかな」

 「うーん、一応最新の OSの方がすっきりしますよ、自分は仕事ではMacというパソコン使って ますが、家でネットやってるのはウィンドウズですけどね」

 「最新かね。どうだろう明日秋葉原に付き合ってくれないだろうか」

 「いいですよ、自分は明日は休みですが、まぁ休みの日は秋葉原をぶらぶらしてるようなヤツ なんで」

 「そうか、頼むよ、それで、回線は光回線がいいって聞いてるけど、どうなの」

 「そうですね、もう時代は光の時代ですから、光、NTTでもKDDIでも、どちらでも。安いの は KDDIです。ギガビットで動画もサクサクですからね」

 「ふーん、じゃぁ KDDIにしてみようかな。パソコン買ったら店頭に置くんだよね。将来はインターネットでフラワーアレンジメントの通販とか、花の苗の販売とかやって見たい」

 「はい、ウチも商用サイトの構築経験は無いので、その時はシステム開発会社が春日部にある ので、その辺で調整取らせていただきます」

 「うん、分かった、じゃぁ明日、 10時に店に来てよ。秋葉原に行こう」

 「分かりました、それではこれにて失礼します」

 そういうと真は事務室を出た。出たところで恵子が涼子と花の話で盛り上がっているのを見かけて、話に入り込んで行った。

 「こんにちは、花の話ですか」と涼子に話しかける。

 「そうです、えーっと名前、早瀬涼子さん?」

 「そうです、えーっと名前、青島真さん」

 「ワタシは、西園寺恵子、会社じゃ青島の先輩でーす」

 「社長から聞いてるんですがインターネットをこの店でやるって本当ですか」

 「本当です。今、社長と話しまして明日秋葉原に行くことになりました、明日パソコン買ってきますよ」

 「ほんとにー、アタシも行きたい。秋葉原。行ったことないんですけど」

 「いいですよ、店は大丈夫ですか?」

 「おおおお、そんならワタシも行く」と西園寺が割り込む。

 「店は、高校生のアルバイトと熊田さんでどうにかなります、高校生でも一年先輩なんです、だから安心です」

 「なるほど、それでは、一緒に行きましょう、明日土曜日十時にココへ来ます」

 「それじゃお待ちしております」

 「じゃ、西園寺さん帰りましょう」

 「ほーい、帰ろうか」

 二人は会釈をして、フローラを後にした。帰る道すがら、恵子は真の脇を突っつきながら、話 を始めた。

 「青島くん、言ってどうかと思うけど、彼女はあきらめた方がいいかもね」

 「なんでですか?いや、まだ彼女にしたいとか、惚れてるとかそういう段階でもないんですが 、胸のときめきは抑えられないけれど」

 「絵描きとしては観察眼が無いわね、キミは」

 「なんで観察眼が無い、という結論になるんですか」

 「彼女の手をよく見てないの?指輪してたよ、ありゃ結婚指輪だよ、早い。21歳で」

 「えっ、結婚してるんですか、そうですか」

 「うーん、性格はおっとりしてていい感じだけどね、背も高いし、顔もかなりキレイ。モデル並だけど、結婚している ……」

 真は恵子の観察眼に驚いたのと同時に、早瀬涼子が既婚者であることに、少なからず動揺した。21歳で結婚している、自分は彼女イナイ歴22年なのに、とも思う。彼女の顔を思い浮かべては 、もしかしたら儚い片思いの恋で終わるのかもしれない予感が青島の胸を痛みとしてさす。二人は事務所へとテクテクと歩いていく。もう昼だ。二人とも空腹に気がつき、顔を見合わせて、同時に言った。

 「なんか食べてこう」

 「あ、やっぱりお腹すきましたよね」

 「ご飯食べに行こう。アタシはラーメンでいいや」

 「自分は餃子定食がいいです。」

 「よし、春来で食べ行きましょう」

 春来とは春日部駅東口の公園通りに面したビルの一階にある、中華料理屋のことだ。真も恵子も事務所の近くにあるので、よく通っていたが、さすがに飽きてきたので、春日部のいろいろな店に行くようになり、最近は通っていなかったが、今日は帰り道で、足も無いから、久しぶりに寄ってみることにした。

 「いらっしゃいませー」と春来の店員が声を掛ける。

 「お久しぶりですね。」

 「はいはい、久しぶりにきましたよ」と恵子が反応する。

 「アタシはラーメン、彼は餃子定食」

 と席に着くなり注文をした。昼時、店は結構な混雑だった。

 「それでね」と恵子は水を飲みながら青島に語りかける。

 「彼女はかなりいいオンナだと思うけど、先約があるみたいだから、深入りするのは傷がつくだけかもよ」

 「はいはい、いや結婚してるんだったら、まぁ、あきらめる。いやあきらめる以前の話なんですけど」

 「他をあたる?」

 「他は今のところ考えられません。彼女みたいな、画家としての自分がひらめく存在ってそうはないですよね」

 「ひらめき、そうバーブラ・ストライサンドの歌にもあるわね。スィートインスピレーション ってか。ワタシの胸はすべりだすの、ソウソウそういう感じなのねぇ、分かるけど」と遠い目を して恵子が語りだした。取り留めなく会話を続ける二人だが、その間にラーメンと餃子定食がや ってきた。二人ともとりあえずは食べることに集中した。食べ終わる頃恵子は明日のことを確認する。

 「明日、一緒に行くことにしたけど、結構、今日はこんな話して気まずいかな?だとしたらごめんね」

 「え、ああ、いや、いいですよ、人生いろいろな出会いがありますよね。彼女と出会ったのも偶然だけど、出会うことで自分のココロに広がりが出来たようにも思うんですよね。彼女が結婚 していても、していなくても、関係ない。彼女を見てると幸せな気持ちになるのですよ」

 「おー、大人なコトバだね。アタシもシングルから脱却するべぇかな。一人身も飽きたわけ。まぁいいか、この話は。話題変えて明日フローラの社長とパソコン買うんでしょ、まさかマック 買わせる気じゃないよね。デザイナーとしてはマックじゃないとダメだけど、ウィンドウズでいいんじゃないの?」

 「ええ、ウィンドウズでいいんじゃないかと。ミンナ使ってるし。自分たちみたいに DTPやってるって言うのは実はそんなにパイが大きいわけじゃないですからね。ウィンドウズだとネットやる分には十分ですから。それにウィンドウズDTPもソフトも揃ってるから、以前みたいにどうしてもマックってわけでもないのが実情ですよね」

 「秋葉原か。墨田さんと去年行ったきりだわね。去年、キーボードか壊れたので、買い替え に行ったきり。アタシはオタクじゃないから、あんまり興味ないのよね。原宿・青山とか代官山が好きだけどねぇ。マコトクンは代官山行ったことないでしょ」

 「代官山は、浪人やってた頃渋谷から迷い込むように行ったことありますよ。なかなか落ち着いたいい街なんじゃないですか」

 「そうかーいったことあるのか」

 「原宿も青山も絵の個展見に行って、それで素通りしたことはありますが、あまり面白いことってなかったです」

 「ふーん、自宅にこもって絵ばかり描いてるオタクちゃんではないわけね、わかったわ。明日 秋葉原の案内、楽しみにしているわよ」

 「まぁ何とかなるでしょう。それにしても午後は今日は、ヒマですね。」

 「ヒマだわよね。でもウチだけじゃないけど、景気はよくないからね」

 「そうだな、自分絵描きとしての名刺作ってみようかと思うんですが」

 「画家としての名刺ね。イラストレーター目指してたんじゃなかったっけ」

 「えー、まぁそうなんですけど、ブログのURLやツイッターのIDやら携帯の番号、教えるのめんどくさいから、名刺にして渡すと手っ取りはやいかなって思ったんです。」  「じゃ、午後は名刺のデザインでもやってれば、ワタシはどうしようかな」

 「何か仕事あるか、墨田さんに聞いてみましょうよ」

 「うん、それじゃ行きましょうか」

二人は店を出て、ワンダースケープへ戻った。

 「ただいま戻りました」

 「どうだった。ネット関連の話はしたか?あそこの早瀬社長に頼まれてるわけだけど、オマエに任せたからな。今日は仕事的にやること無いから、上野に行って営業してくる」

 「ああ、そうですか。じゃぁ今日は個人の名刺作って定時で上がらしてもらいます」  「名刺、個人のか。まぁ確かにオマエはこの会社の枠で収まらないからな、やってみるといいよ」

 「ていうか。女の子に電話番号や携帯のメールアドレス教えるのめんどくさいんですよ」

 「なるほどな。まぁいいよプリンター使って」

 「社長、青島君の彼女、見てきましたよ」と恵子が話に入ってくる。

 「お、そうか、青島も彼女いない歴22年に幕をとじるか?もうそろそろオンナの話が出てもい い頃だとは思ってたけどな」

 「すっごい美人で背が高くて、性格はおっとりしてて、かなり上質でしたよ。青島君にはもっ たいないです」

 「そうなのか、よかったな」

 「でも結婚してるかもしれないので、その辺がわかんないんですけど」

 「おいおい、人妻かよ、青島、アクロバティック過ぎるぜ」

 「イエ、あのーまだ彼女にするとか、しないとか、そういうんじゃないんですけど、話すと胸がドキドキして、幸せな気持ちになるのです」

 「油絵とパソコンが趣味の青島にはいい薬になるかなとは思う、まぁがんばれ。それじゃ、上野に営業に行って来る。またエロ本な。まとまった仕事あるか聞いてくるから。それで新橋で一 杯やってきて直帰するから、あと頼むな」

 「はい分かりました」

 墨田は鞄にポートフォリオを突っ込むと、そそくさと事務所を出て行った。上野のエロ本系出 版社に飛び込み営業にいくのだ。かなりの数の出版社に顔が聞き、アポイントメントがなくても 編集部に遊びに行ける程度に業界の顔だった。

 「さて名刺作ります。10枚位でいいかな。さっと作って明日涼子さんに渡します」  「ふーん、結婚してても渡すのか、不倫?いきなりやる訳ね。ま温かく見守ってみます」  「はい、いや、不倫とかそういうのとか。自分はこの胸の高鳴りの命じるままに動くんです。 もっと彼女に近づきたい、そういう気持ちです」

 「ふーん、まぁいいや、どうなるか、見もの。さてアタシは何しよう。まだ注文来てないけど、来月分のエロ本のカットでもラフ起こしておくかな。明日はゆっくり寝てられないわけだしね 。秋葉原行くから」

 「名刺作ります」

 そういうと真はマックのイラストレーターを立ち上げ、手早く、名刺のデータを作っていく。

入れる要素は名前、ブログのURL、ツイッターのID 携帯のメールアドレス、携帯番号だ。デザイン性は無くてもよかった、もちろん会社の名刺もあるし、暫定的な 10枚を作ればいいと青島は思った。イラストレーターとして自立するときが来るかもしれないと思いながら、名刺のデータを作ったが、この名刺が後で真を悩ませる結果になることは、今の真には思い浮かばなかった。そこにあったのは、名刺を作って涼子に渡す、という思いつきを形にする喜びで一杯だったからだ。

 そうこうしてるうちに時間は過ぎ、定時になったので二人は事務所を閉めて、今日は飲まず に帰った。


題名 仕事の発展があったよ  4月16日

<今日は花屋へカンプの提出をしてきた。気になるあの人は、変わらずに美しかった。仕事では新 機軸の展開があった。花屋にパソコンやネット回線の導入のお手伝いをすることになった。ネットは詳しいけれど、実際、人の環境の世話をするのは今回が初めてだ。明日秋葉原へ花屋の社長 と彼女と同僚でパソコンを買いに行くことにした。それより気になるのは、彼女が結婚してる んじゃないかってこと。自分は気がつかなかったけど、どうも結婚指輪をしているらしい、ので 明日それとなく確認してみようと思う。もし結婚してたらこの気持ちのやり場に困る。でも仕事ではこれからしばらくは顔をあわせることになる。ああ、なんだか切ない今日この頃だ。>


 真と恵子は約束の通り 10時にフローラを訪ねた。店は開店していて、お客はいなかった。奥で 熊田とアルバイトらしき若い女性がオケに水を入れながら店の花の整理をしていた。「おはようございます」

 「よう、来たな。涼子、準備は良いか?行くぞ」 

 「はーい。分かりました」

4人はフローラを出発すると、テクテクと春日部駅西口を目指す。500メートルと離れて ない 距離だから大した時間は掛からなかった。歩きながら社長は真に話しかける。

「今日は 20万円用意した、それで買えるよな」 

 「はい、大丈夫です。昨日の夜にネットで下調べして、 NECの一体型が15万円位なんでそれで 。あと回線は KDDIのauひかりにしようと思います。電話番号控えてあるんで、秋葉原から戻ったら、フローラから電話入れて、回線引きます。1Gbyteの高速回線ですよ、動画もばっちりですよ」

 「ふんふん、動画か、青年会議所で聞いたんだけど、新しくテレビ見たいに見れるサービスがあるそうじゃないか」

 「ユーストリームのことですか。そうですね自分の春日部のツイッター仲間がやってます。といっても視聴者は少ないですけどね。最新のネットサービスですから、まだ一般的じゃないですよね、新しいですけど」

 ネットの話になると俄然張り切る真だった。ツイッターで春日部周辺の付き合いが広がり、二週に一度、ミーティングがあったり、ユーストリームでの放送の話も来ている。真も先端のネッ ト事情に付いていくのが精一杯だが、春日部を盛り上げようという機運には乗ってみたかった。

 「あの、インターネット詳しいんですか?携帯電話はどうですか?」と涼子が問いかける。

 「携帯電話はそんなに詳しくないんだけど、 iPhoneっていうの使ってますよ」  「iPhoneですか。テレビでコマーシャルやってますね。いいんですか?それ」

 「いいか、どうか。ただ最新の携帯電話であることは事実で、結構新し物好きなんですよね」

 「まぁ青島君はオタク趣味全開だからなぁ。携帯なんて話せてメールできればいいのよ」と今まで黙りこんでいた恵子が口をだす。


 「そうですよね、話せてメールできればいいですよね、私、親が変に厳しくて今まで携帯電話 を持ったことが無いんです。それで、仕事始めて親からは離れたので携帯電話持ちたいんですよね」そこまで話して、春日部駅に着いた。

 「おっと切符買わないとね。早瀬さん携帯の話はまた後でゆっくりしましょう。iPhoneは良いですよ」

4人は切符を買い、秋葉原へ向かう。東武伊勢崎線の急行で北千住まで行き、そこで日比谷線に 乗り換える。電車の中では4人は取り留めない世間話をしながら電車に揺られて行った。秋葉原に 到着すると、フローラの二人は新鮮な感動で驚きの声を上げる

 「ほー、ココが秋葉原か、随分昔に来たことはあるけれど、随分変わったなぁ」

 「ワタシは初めて。おいしそうな店の看板が一杯ありますね」

 「まぁココが秋葉原です。でも買い物は、ポイントがもらえる駅前の量販店にしましょう。もちろん興味があるなら秋葉原の奥もご案内しますけど」

 「まずはパソコン買ってからだな、駅前にあるのか便利だな」

 「ココで大抵の買い物は出来ますよ。ポイントも一割付いてお得なんです。自分もココが出来 てからあんまり秋葉原を探検しなくなりましたね」

 「ふむ、まずはパソコンを買おう」

 「それではご案内します」

 「大丈夫なの?まぁ下調べしたっていうなら、それでいいけど」と恵子がつっかかる。  「大丈夫!社長コレです。この一体型がフローラにはベストです!」と真は量販店の一階のパ ソコン売り場で案内する。前夜ネットで調べて、通販や他の販売チャンネルも検討したが、結局 量販店の国産メーカーを推奨することに決めたのだった。

 「ふむふむ、なるほどな、テレビも映るのか、店先にはちょこんと置けそうだな。フラワーア レンジメントのカタログ見せるわけだから、このほうがいいか、よし買おう」  「すみませーん、これくださーい」と真は店員を呼びつける。程なくして、出来上がった荷物を手に早瀬社長はご満悦の様子だった。 4人は量販店をでると、もう昼だった。

 「昼だな、メシ食っていこう、青島君、どこか良い店知らないか」

 「いいか、どうかは分からないけど、万世でステーキなんかいいんじゃないですか」

 「万世か。春日部の16号沿いにもあるな、あの本店か」

 「そうです、そうです。万世橋を渡ってすぐです。見晴らしも良いですし、まぁまぁ美味しいですよ」

 「それじゃそうしよう。涼子はそれでいいかな」

 「はい、いいですよ」

 「恵子さんも肉で構わないですか?」

 「アタシは腹に入ればなんでもいいのよ」

4人は駅の自由通路を抜け、ラジオ会館を通り抜け万世橋を渡り、万世の3階にたどり着いた。席についてみなサーロインステーキセットを注文した。今日は早瀬社長のおごりだった。

 「ふう、買うもの買ったし、店に帰っていじるのが楽しみだよ青島君」

 「そうですか、自分もはじめてパソコン触った時は楽しかったですよ」

 「あのーワタシ、パソコンは高校の授業でちょっと習ったくらいで、よくわかんないです」

 「あら、そうなんですね。ワタシたちデザイナーはもうマックなしじゃ仕事出来ないので、体 の一部のようになっていますよ」と恵子は反応した。

 「青島さん、こんどは携帯電話の買い物に付き合ってくださいね」と涼子は気楽な感じで約束を取り付けた。

 「はい、いいですよ」

 「ああ、涼子にはツイッター担当になってもらうから、携帯電話でツイッターやってもらおう と思ってるんだよ。社命で携帯電話持つことに決定なんだよね」

 「あの、早瀬さんて年齢いくつなんですか。ワタシ、いろいろな人と出会ってきたけど、アナ タほど謎めいて大人っぽい人って初めてなの」と恵子が真と共有していた涼子に対する疑問を問 いかけた。そうすると涼子と早瀬社長は顔を見合わせて、少しクスリと笑いながら、涼子が答えた。

 「21歳です」

 「は? 21歳ですか、随分落ち着いていらっしゃいますねぇ」

 「はぁ、でもワタシはワタシなんですけどね、よく人に驚かれます、でも 21歳なんです」

 「イエ、とても見えない、 21歳には」と真もセキを切ったように言葉を出していった。

 「あのー自分にはとても大事なことなんですが、ご結婚はされているんですか?イエ、西園寺 さんが結婚指輪してるっていうから、どうなのかと、気になってしまってるんです」

 涼子と早瀬社長は顔を見合わせながら今度は少し困ったようにうなずいた。うなずいた後に涼 子は少し気を張りながら凛として答えた

 「結婚はしています、と言うかしていました」

 「えー、やっぱり結婚してるんですかぁ。なんだぁ、そうだったんだ」と真は感嘆した。

 「青島君、正確には結婚してたんだよね。指輪もしている。でももう独身なんだよ」  「は?」と恵子と真は狐につままれたように声を出した。

 「あのー未亡人なんです。ワタシ」

 「未亡人って、じゃぁ旦那さんは亡くなられたの?まだ若いのに、そんな人っているのねぇ」

 「えーっとちょっと話すと高校一年で付き合い始めて、高校卒業と同時に入籍して、結婚して 半年後に主人を亡くしました」

 「えええええ、随分展開が速かったですね。随分勇気がいるわよ、そんな若くに人生決めちゃうなんて」

 「初恋の人だったんですよね。他の事って考えられなかったし、将来何かしたいってココロザシも無かったですし」

 「19歳だとワタシは美大浪人やってて絵ばかり描いてましたけど、そんな人生もあるんですね。ちょっとショックです」

 「もう 2年になる、早いなぁ。説明すると、俺の兄貴は北千住で早瀬生花店ってやってて、まぁ 店頭売りと葬式の生花出してるんだけど、そこの長男、俺の甥な、急性心不全で 19で死んだ。だ から涼子は俺の義理の姪になるんだ。毎日葬式の生花出すのじゃ辛いだろうから春日部で引き取って、フローラで祝いの花のデザインやらせてみようって兄貴と合意したんだよな、早いなもう2年経つ」

 「はぁなるほど、それだけ苦労してるからそんなに大人びてるのねぇ、聞いちゃまずかったかしらゴメンネ。」

 「いいんですよ、カレを亡くしてからは半年くらいは泣いて過ごしましたけど、もう泣ける涙はなくなっちゃうほど泣いたので。春日部で再スタートすることにしました」  「うんっと、じゃぁミンナでステーキたべましょう。社長、帰ったら早速店にパソコン置いてセットアップします。それと KDDIの方に電話入れて光回線手配するようにしますね。涼子さんの携帯電話は来週ララガーデンのソフトバンクで買いましょう、それもお付き合いします」

 真が会話をまとめて4人はステーキを食べた。そして日比谷線に乗り、快速電車で春日部へと帰っていった。帰りの電車の中で真は少なからず動揺していた。相手は未亡人、そんなことってあるのかい、とも思うし、自分の弱点であるところの心理的に成長していない自分を引け目にも感 じた。流れゆく風景の中で、涼子の顔を見るのが切なかった。


題名 恋の相手はオトナだった 4月17日

<今日は花屋さんと秋葉原へ買い物に行った。パソコンは自分のチョイスだったけれど、社長には 気にいって貰ったようだ。ランチは万世でステーキ、社長のおごりでごっつぁんでした。そこでの話は自分には荷が重いような気がする。自分の恋の相手は自分より年下だけど、自分よりはるか先を行く存在だったんだ。追いつくのには何年かかるんだろう、未熟な自分を恥ずかしく思う。来週は携帯電話の購入のお付き合いだ。>


続く

※文章ママ

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