ラベル 中島英樹の小説 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 中島英樹の小説 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年11月13日木曜日

中島英樹@ブルーアイリス著 想川鉄道物語

 791: 名無し物書き@推敲中?  2018/09/16(日) 10:06:06.60 

81 :ブルー :2018/09/02(日) 15:10:12.41 .net

>>中島読者の皆さんへ

新作、上がりました。

「想川鉄道物語」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886880107


 ガチャン、ガチャン、ガチャンとJR大宮駅の貨物専用レールにEF65に引かれたガソリン専用車のタキ10000が十数台が進入し、停車した。

大宮駅を利用している乗客なら毎日目にする光景だ。季節は夏、夕暮れの涼しい風が吹いていた。

 東京の出版社に出入りして、主にファッション雑誌の写真を撮って生業としているフリーのカメラマン船渡川耀子は久しぶりに大宮駅でその光景を目にした。

今日はたまたま赤羽の大手印刷会社系の撮影スタジオでの撮影になったのと、大宮駅東口にちょっと用事があったから、

高崎線で大宮駅の八番ホームに降り立ったその時の事だった。耀子は最初EF65の車番を気にし、次ぎにガソリン専用タンク貨車の形式を気にした。

 「あ、貨物列車、東日本大震災の時は活躍したなぁ」と思った。次ぎに感慨が湧いてきて、こう思った。

 「もう10年帰っていないか、帰ろうかなぁ」と。

 JR大宮駅南改札を出て、東武野田線の改札を抜ける。耀子の居住は春日部市の東口のマンションである。

二十五分の電車に揺られて、春日部駅に着く。自宅マンションは春日部駅東口から徒歩十分の所にある。

耀子はシングルマザーで、アメリカのロスアンゼルスのカメラの専門学校時代に知り合った日本人男性と結婚し、

子供を設け、離婚して日本でフリーカメラマンとして働き、娘を一人育てた。収入は一般的な会社員よりもかなり上で、

生活で困窮するという事は無かった。娘の名前は船渡川遙と言う。

十九年前の四月、想川流域にも春がやってきた。船渡川耀子は想川温泉にある船渡川旅館の長女だった。春から県立河辺高等学校二年生になり、部活は写真部だった。

通学は毎日、想川鉄道の始発から終着までレールバスのキハ3に乗って新河辺駅まで通学する。 想川駅は小さな駅で、駅舎、ターンテーブル、二本の引き込み線のレイアウトになっている。

昭和中期の風情が残る佇まいで、今時珍しい軽便鉄道の終着駅だった。一日に二往復、一両の客車を着けた貨物列車が走るダイヤグラムになっている。運ぶモノは、山から切り出した木材が主なモノで、

客車はシハ2、貨車はヨフ4と言う車番で呼ばれている。引く機関車はディーゼル機関車のDD100とDD110だ。


「行ってきます」と耀子は旅館の裏の勝手口から、出た。当時の耀子は豊かな黒髪を腰骨まで伸ばし、先端を紐で二つに分けて縛る、と言う髪型で、近所でも評判の美少女だった。

高校の制服は、ネイビー色のアクセントは白のスカーフのセーラー服。学校指定の鞄に教科書とノート、弁当を詰めて持ち、忘れてはならないのが部活に使うカメラだ。

旅館経営をする傍ら、カメラで風景や鉄道写真を撮っている父、船渡川惣助の影響で写真に興味を持ち、小学生の頃から一眼レフを借りては使い、高校生になったとき、

父から買って貰ったのがニコンのF2だった。F2を使い、やはり父親と同じように鉄道風景や、想川流域の光景、人物ではカメラ雑誌で撮影会などがあると、年に二、三回参加していた。

今日は、二年生になった最初の日、四月頭の始業式の日だった。

 「よう、耀子、早いな。もっと部活やってりゃいいじゃないか」

「えー、うん。今日のモチーフは新河辺駅よ」

「あはは、そうかいそうかい。そうだ、新人を紹介しようか。八神俊一君。」

と、手を返して、朝の職員を紹介した。俊一は帽子を取って、挨拶した。

「こんにちは、朝お会いしましたね。八神俊一です。JRから特別研修で八月末まで想川鉄道で研修することになりました。右も左もわからないんですが、よろしくお願いします」

「で、この高校生が俺の妹の船渡川耀子、高校二年生写真部」

「ほー、船渡川さんの妹さんですか。写真部で、へー一眼レフカメラ使えるんですか、すごいな」

と、会話が始まって、耀子は顔が真っ赤になった。俊一の顔を見ると照れてしまう。それでも会話しないと、ともどかしく応答する耀子だった。

「あ、あの、写真部で写真撮るんです。今日は新河辺駅の風景、でも人も入っていいかも」と絞り出す。

「え、ああじゃぁまず一枚、洋介君と自分とで就職記念で機関車入れて撮ってくださいな」と爽やかに撮影依頼を言う。

「あ、はい」

「八神の出身大学、東大だよ、JRでもエリートコースになるんだろう。ここじゃ、しょうが無い、切符切りからやってもらうしかないんだけどなぁ」と軽く洋介は言う。

「え、東大出てるんですか?」

「ええ、勉強しました。でも工学部の社会基盤学科って、鉄道に関係あると言えば言えるけどね。日大の交通システム工学科とかでも良かった様に思います。

もう祖父の時代から国鉄の家系で、父も国鉄だったので、背中見てたらやっぱり鉄道会社に来ましたねぇ」「まぁいいや、じゃぁ就職記念で一枚撮ってくれ、耀子」と洋介が言うので

、耀子はカメラケースのフタを開けて、カメラを取り出した。

2025年8月23日土曜日

中島英樹@ブルーアイリス著 星野女子大学模型部ですっ!  第1話 春 決めた!模型部つくるっっっ!!


 みなさん、こんにちは。それは桜の咲く頃からのお話。私は普通に勉強して、ちょっと特別に推薦入学でここ茗荷谷にキャンパスのある星野女子大学学芸学部生活デザイン科に入学しました。

 私?私は柊百(ひいらぎもも)、花も恥じらう18歳、女子大生になりました。珍しい名前でしょう?お父さんがZガンダム好きで、百式から取った、って言われた日には複雑な気持ちだったわ。

そんなオタクなお父さんの背中見て育ち、4歳の頃にはもうプラモデル、簡単なヤツだったけど、作り始めて、もう中学・高校とプラモ三昧で。

それでも推薦で大学行くんだから、認めてね。今日は入学式を終えて、中学・高校で同窓の船渡川遙(ふなとがわはるか)ちゃんと、

茗荷谷のカフェ、しののめでの会話から始めましょう。随分昔から茗荷谷にあるカフェの様で、近所の女子大生のたまり場みたいになっていそうな、初めて入ったけど随分落ち着くお店なの。

2025年8月22日金曜日

中島英樹@ブルーアイリス著 フローラの追憶 第一部 第3章 ネリネ(また会う日を楽しみに)の章

 


春日部駅東口のロータリーで真は理子が来るのを待っていた。今日は約束したツーリングの日だった。行く先は千葉県・銚子の犬吠崎を目指すことになった。理子との電話でなんとなく海が見たいという結論に達し、真も海を見るのを嫌がる理由は無かった。

 約束の9時になった。理子がワインレッドのZZR400に乗ってやってきた。駅前の交番の前でバイクを停め、ヘルメットを脱いで、肩まで伸びた髪をほぐしながら、真に話しかけてきた。

 「おはよう、待った?」

 「おはようございます、いえそんなには待っていません」

 「そう、犬吠崎、行ったこと無いけど、秋の海を眺めるのもいいものよね」

 「そうですね。ああ、自分のバイク、やっと買いました、どうですVT250SPADAです。年式 不明、 20万円でした。」

 真はフルフェアリングのレーサーレプリカも欲しかったが、その前に普通のバイクに乗っておこうと思った。インターネットで検索し、ホンダのVTシリーズに魅かれて、東京の中古バイ クショップまで行き、そこで買った。タンクの色はグリーンだ。

 「じゃあ、行きましょうか」

 「はい、あ、その前にツイッター打ちます」

 「中毒ねー、でもワタシフォロー入れてるけど、ドキドキする時もあるわね」

 真はそう打ったあと、iPhoneをブルゾンのポケットにしまって、ヘルメットをかぶり、エンジンをスタートさせた。理子も発進の準備はととのった。

 二人は軽く流しながら 16号まで出て、柏を目指す。柏で国道6号線で我孫子まで行き、そこから 右折して国道 356号線をまっすぐ行く予定だ。真のVTはすこぶる快調にエンジンんは回っていた。ガソリンも満タンで、準備万端だった。理子の ZZRは父親から借りての搭乗だったが、その順応性は大したもので、初めて公道を走る人間のようではなかった。

16号線は日曜の午前にしては緩やかに流れていた。真もツーリングで長距離は初めてなので少し緊張していた。法定速度を少しオーバーしながら二人は並んで柏の呼塚の交差点を目指す。空は雲が高く、秋の空、すがすがしかった。

 やがて柏市に入り呼塚の交差点に差し掛かった、ココまで地図どおりで、予定通りだった。交差点は国道6号の水戸街道との交差で、ココを左に曲がって我孫子の市街入口交差点を目指す。二人とも運転を楽しんだ。理子は真見ながら、ゆっくりとアクセルを開ける。排気量の多少の差はあって、真は少々VTのトルク不足が気になったが、概ね二人のランデブーは快調だった。

 我孫子の水戸街道の市街入口交差点を右に入り、国道356号線に乗った。あとは道なりに行けば銚子に出られる。真はまずは道に迷わないでよかった、と思っていた。

 国道 356号線は利根川に並行してはしっている道で、時折、雄大な利根川の姿を見ながら走れる。空は晴れ、水も潤う、この光景は、走ってみてよかった、と真に思わせた。

 我孫子市、印西市、栄町、神崎町、香取市と抜けていく。銚子まであと少し。まだ11時30分で、途中佐原で道に迷った二人だった。

 と、涼子からツイートが入った。今日、他の女と出かけている自分を涼子はどう思っているだろうか、真は不安になった。真の内面は複雑さを増していた。苦しい、恋ってこんなに苦しいものかとも思う真だった。

 佐原駅前で一服することにした二人は、駅前にバイクを停め、自動販売機でジュースを買い、二人で飲んだ。汗をかいてヘルメットを脱ぐと、秋風がひんやり気持ちがよかった。

 「大分遠くまで来たわね、大体五分の三くらいまで来たわね」

 「そうですね、腹も減ったけど、銚子で何食べましょうか」

 「お寿司がやっぱり。銚子だものサカナ食べなきゃ話にならないわよ」

 「ああ、やっぱり。あーでもネットでチェック入れるの忘れました。寿司でいい店は向こうで探さなきゃダメみたいです」

 「ワタシも行き当たりばったりだから、とにかく犬吠崎に行けばなにかあるわよ」

そういうとジュースを飲み干し、ヘルメットを被った。

 二人は、見失った国道356号線を探り出し、また、単調なクルージングに戻った。香取市、東庄市と抜け、銚子市に入った。真は潮風の匂いがしないか、感覚を研ぎ澄ませながら風を感じていった。理子も始めてみる千葉の海の光景を想像しながら、アクセルを開けて行く。

 銚子市に入った。銚子駅前を通り、一路犬吠崎を目指す。君ヶ浜という海水浴場には人はもう いなかった。誰もいない海で、でも、その海のきれいさに二人はジンと来ていた。君ヶ浜を抜け、もうそこは犬吠崎の灯台が見える。到着したのだ。

 「やーっと来ました」とヘルメット越しに大きな声で理子に声を掛ける真だった。犬吠崎灯台の周囲には駐車場があり、売店や土産物屋がある。夏の盛りを過ぎて、静かなたたずまいをしている。2人は駐車場にバイクを止め、ヘルメットを脱いだ。

 真はツイッターに文章を放り込むと、理子と一緒に灯台に向かって歩く。みやげ物屋は2軒あったが、とりあえず海を見たかった二人だった。

 「わぁ、水平線、遠くに貨物船が見えるわね、すがすがしいわ、広い海を見ていると」  「そうですね、埼玉は海無し県ですからね、まぁ田んぼが緑の海なんでしょうけど」  「そうね、私は毎日空を飛んでるから、いいんだけど、こうしてバイクで海を見に来るっていうのが結構目先が変わって面白いわ」

 「写真とりましょうか、カメラ持ってきたんです」

 「うん、記念にね。ちょっと撮ってもらいましょう、すみませーん、シャッター押して貰えませんか」

 そういうと、土産物屋の店先でタバコを吸ってる初老の男性に声をかけて、2人並んで灯台をバックに写真を一枚撮った。

 「ありがとう、ございます、ねぇ海、もっと波を見たいからちょっとそこの階段を下りて浜に出てみない?」

 「ええ、そうですね、海の匂いがいいですもんね」と真は素直に従った。

2人は公衆トイレの脇の階段を下りていった。波打ち際まで、降りて歩く。潮風がすがすがしい。周囲に誰も人はいない。

 「海、海だわね」

 「はい、海です、気持ちいいですね」

 理子は海を眺めてボンヤリしている真を見て、薄笑いを浮かべて、話しかける。いたずらをしたそうな、そんな面持ちで真に一歩近づく。

 「ねぇ」

 「はい?」

 「ブログ、さかのぼって読んだけど、好きな人がいるのね」

 「えっええまぁそうなんですが」

 「どうゆう人なの?」

 「どうって、そうですね、花の店フローラのフラワーデザイナー見習いで、ボクより一つ年下ですよ。あった瞬間、胸が痛くなったんですよね」

 「ふーん」

 「そうなんですが、まだ付き合ってるとは言えないっていうかいつ付き合えるかも分からない、ボクの片思いなんですけど」

「目をつぶって」と理子が優しく命令する。

 「は、何でですか」

 「いいから早く」

 真は目を閉じた、その瞬間に唇に温かいものを感じた。理子が真にキスをしたのだ。

 「うふふ、ぼうや、初めて?キスは。どう、いいものでしょう」

 真は呆然とした。

 「ああ、はい」

 真は唇の余韻と口紅の味を初めて知ったのだった。青い海は静かに二人をつつんでいるようだった。

 「あああ、なんだか今日は。」

 理子はきっぱり気分を切り替えて、言う。

 「食事にしましょう」

 「はは、はい」真は動揺を隠せない。大人のオンナのいたずらに真の内面はかき回された。「キスは涼子さんとしたいのに」とも思ったが、なにせ女性と付き合うのは初めてな真の内面は複雑になっていく。

 「えーっと、道路の向こう側にドライブインがありましたよね。レストランがあるから、そこで、なんかサカナ料理たべましょうか」

 「寿司屋探すの面倒くさくなったものね」

 「ええ、街中に戻るより、海の見えるレストランで食べるのもいいんじゃないですか」  「そうね」

 そういうと 2人はドライブインへ歩いていく。

 果たしてレストランは海鮮料理が結構な数のメニューとしてあった。

 二人が選んだのは「イワシ天丼」だった。

 窓際のテーブルに 2人は座り、海の光景を楽しみながら、イワシ天丼を注文する。

 「イワシの天丼って初めて、興味あるわ、おいしそうですし」

 「そうですね。でも理子さん。自分は驚いています」

 「なんで、まぁキス位いいじゃないの、オトナになりなさい」

 「はぁ」

 「はじめて、なのよね。うふふ、いいわ、そういうの、好きだわ」

 「いえ、しかし、いきなり、こういうことになっても、自分はココロの準備が」

 「世の中の成り行きは、大抵ココロの準備が出来てなくて起こるものよ、変化する事に慣れていかないと、仕事だってそうよ。アナタにもいろいろな仕事があったと思うけど、一皮むけるよ うな仕事って、ココロの準備なんかお構いなしにやってくるもんじゃなかった?のんびりしてるから、乗り遅れそうになるのよ。そういう自分を変えないとダメよ」  「はい、わかりました」


 確かに、今まで、仕事で成長してきた、あるいは仕事の挑戦は、思ってもいなかった時にやってきたな、と真は去年春から今年秋までの自分を振り返ってそう思った。

 話に詰まって沈黙が支配しそうなとき、店の奥からイワシ天丼二人前がやってきた。テンプラの香ばしい匂いと、イワシの独特の魚臭さを伴って、でもそれは 2人にとってはご馳走だった。さっそく理子が一口食べる。

 「んー美味しい。ちょっとイワシの匂いが気になるけど、美味しい、このテンプラ」

 「そうですか、では自分も」

 真もイワシ天丼にありつく。サカナの匂いが少しきになるが、概ね食感も味も、食べたことの無い体験だった。

2人は食事を終えると、また海をみながら取り留めなく話す。

 「帰りはまた356号線を下っていけばいいですね」

 「そうね、まぁ今度は道に迷わないようにしましょう。佐原で気をつけないと」

 「土産買って帰りましょうか」

 「なにがいいかな」

2人は会計を済ませ一階のみやげ物コーナーでそれぞれにみやげ物買った。真はスルメイカを買い、理子はお菓子を買った。

2人はバイクの停めてある駐車場へ出て、ヘルメットを被り、発進した。帰りは356号線をまっすぐ戻るだけだったか、気楽だった。

 バイクで走りながら真は、キスの余韻を、記憶を租借しながら、走った。「この事はブログには書けそうに無いな、どうしようオレ。涼子さんになんていいわけしよう」と考えた。ツイッターに文字を打つ気力はもう無かった。真の中で何かが変わっていった。そう、少しオトナになった真だった。

2人は我孫子を目指してバイクを流す。まだ夕暮れには程遠い9月の日差しの中、バイクは走っていった。


題名 ツーリングで犬吠崎へ  9月5日

<今日はツーリング、教習所で知り合った女性とだ。356号線をまっすぐ行くだけだけだから、苦労は無かったけど途中佐原で道に迷った。海はきれいだった。イワシ天丼を食べて、スルメ買って帰ってきた。9月の涼しい風に包まれて、自分は幸福だ、そう感じた>


 ツーリングから帰ってから、翌日、真は東京の神保町に居た。桜子のポートフォリオを携え、出版社を巡って営業攻勢をかけたのだった。まずは大手の出版社一社にアポイントメントを取った。桜子のためというよりは、真の好奇心が自身を動かしていた。

 「面白い仕事に出会えるかもしれない」

 そういう予感で先週出版社一社と編集プロダクション一社に電話入れた。両方とも会ってくれるというので、取り急ぎ、月曜日の午前と午後に面談の予約を入れた。

 今は神保町の業界では中堅の部類に入る出版社の前に立っていた。

 「よし、行こう」

 そうつぶやくと、鞄の中の桜子のポートフォリオを確認しながら、中へと入っていった。

 中の受付に編集部の社員の名前を告げると受付嬢が確認の内線をかける。ほどなくして 2階の女 性誌の編集セクションに案内され、担当の編集者を紹介された。

 「はじめまして、ワンダースケープの青島と申します」

 「いらっしゃい、早速作品を拝見しましょう」と言われて、真はポートフォリオを差し出した。

 編集者はじっくりとポートフォリオを見ている。真はあらかじめ考えていたセールストークをつぶやく。

 「どうでしょう?まだ 17歳でその表現力って大したものだと思っています。ウチで一押しのイラストレーターになれると思うんですけど、いかがでしょう?」

 「ふーん、17歳にしては表現がオトナだね、いいよ、何か仕事考えておくよ、名刺置いてって」

 「ありがとうございます、これ作品のデータの CDROMと連絡先です。よろしくお願いします」

 「うん、また新作が出来たら連絡くれよな」

 「はい、それでは失礼します」

 出版社をあとにした真は、予想通りの好感触に嬉しさが隠せなかった。桜子は自分より先を進んでいる、その後押しをするのは、真には楽しい作業だった。今日はあと一軒、編集プロダクションに訪問営業に行かなければならない。御茶ノ水の駅前でパスタを食べたあと外神田まで歩いていく。御茶ノ水は久しぶりだった。本の虫だった真は高校生の頃よく古本屋街を歩いたものだった。

 その編集プロダクションは結構老舗で、前は飯田橋にあったのだが、引っ越して御茶ノ水近辺にある。取引先の出版社が変わったためだ。ここは墨田が昔からたまに仕事を貰う関係だったが 最近は縁が遠くなっていたのを真が掘り起こした、という会社だ。

 雑居ビルの三階のドアを開けると雑然とした、いかにも編集業務の行われている零細企業という感じの部屋だった。

 「こんにちは、ワンダースケープの青島と申します。一時の面談のアポイントよろしくお願いします」

 「おう、ワンダースケープか、久しぶりだな。墨田君は元気かな」

 「はい、元気でやっています。こんにちは青島と申します、私がイラストレーターの訪問営業させていただきに上がりました」

 「そうか」と初老の編集者が部屋の奥の机から立ち上がって、真の前に来た。

 「まぁかけたまえ」と応接間へと案内されて、ソファに座る真だった。

 「早速拝見しようじゃないか」

 「はい、これです、若干17歳、ワンダースケープ一押しのイラストレーターです!」そう言ってポートフォリオを渡す。

 パラパラとめくって、若干の沈黙の後、初老の編集者はうなった。

 「うーん、 17歳でこれか。たいしたもんだな。そうだな、今すぐには仕事は出せないけど、どうだろう、会って見たい、会って話すうちに企画で飛び出る場合もあるからな」

 「はい、ありがとうございます。ですけど、高校生だから土曜くらいしか空いてないです」

 「いいよ、今週の土曜日、空いてるって言うか、忙しいから休みは日曜しかないんだ」

 「では今週の土曜日につれてきますね」

 「ああ、昼飯でも食いながらちょっと話して、企画が浮かんだら、知らせる」

 「よろしくお願いします」

 やった、と真は思った。桜子のプロデビューが近くなったかもしれないと思うと真は嬉しくなった。ようようと御茶ノ水から秋葉原まで抜けて日比谷線に乗り込む真だった。


< m_aosima やった、営業成功、南野クン、土曜日は打ち合わせっていうか面談だよ> < m_aosima よろしくね、プロデビュー、期待してるから>


 土曜日の朝になった。真と桜子はフローラの前で待ち合わせして、社長に欠勤する旨を伝えると、春日部駅から東武伊勢崎線の急行に乗って北千住を目指す。

 「今日は、私にとっては初めてのことなので、かなり緊張します。何を話せばいいんでしょうか」

 「そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな。気楽な世間話の中に企画のアイデアが転がっている事もあるし。先方の社長さんも、気軽な食事会程度に考えてるみたいだよ」

 「ふーん、ワタシがイラストレーター……。やっぱりピンと来ないです」

 「まぁ17歳じゃ業界に接しても右も左もわかんないだろうけど、ボクは正直嬉しい。才能が認められて世の中に出て行くキッカケを作るのは楽しい事だと思うようになった」

 「ところで、千葉のツーリング、どうでした、相手は女性なんでしょう。ワタシはどうなったのか、気になります。ワタシは青島さんの事好きなんですからっ。こうして出てくるのも青島さんの言う事だから出てくるの。その辺わかってください」

 青島は核心をつかれて、どきっとしたが、22歳が17歳をたしなめるのは、真にはそう難しい作業ではなかった。

 「うーん、ボクはそうやって女の子に好意をもたれるって実は初体験、それに高校生は恋の対象じゃないかもしれない。それに高校生に手を出したら犯罪なんですけど」  「そんな、黙ってれば分からないですよ」

 「まぁそうだねぇ、でもボクは好きな人、他にいるんだけど。今なんで南野クンに近づくかって言えば、そう自分の果たされない夢をさっさと実現しちゃう、凄い才能をキミが持っているから。ボクは嬉しくて楽しかった、ポートフォリオを持って出版社に持ち込み行く。いまだ自分は果たせない夢なんだよなぁ」

 「ワタシにそんなに才能あるかしら」

 「あるよ、目の肥えた東京の編集者の人が、イイネって言ってくれる。キミにはボクには無い洗練された才能があるよ」

 「でもワタシの夢はフラワーデザイナーになる事が一番よ」

 「うん、それでもいいんじゃないか、でも広く世間にキミの才能を見てもらうこともいいんじ ゃないかってそう思う。絵は捨てないでくれよ。二足のわらじでいいじゃないか」

 「二足のわらじ、絵は副業にしろってことかなぁ。ワタシは子供の頃から絵描いてて、いまはそんなに面白いこととは思えないけど」

 「まぁそうだね、ボクの楽しみにキミを引きずりこんでいる、といえばそうなんだけど、まぁちょっと付き合ってくれよ」

 「はーい、それにしても、涼子さんが好きって、ワタシ負けませんよ」

 「涼子さんが好きです。でも距離が縮まるのは時間が掛かるよ、きっと」

 「元カレが忘れられない、からかしら。ワタシは大切な人を失った事がないから、わかんないんだけど、一緒に働いていると、時々遠くをみちゃう涼子さんはかわいそうって思うの」

 「うん、代わりにボクが、って思うけど、いつ涼子さんの心が開くのか、わかんないけど」

 話に夢中になっていると、電車は北千住に到着した。日比谷線に乗り換えて秋葉原で乗り換え、御茶ノ水で降りることに、 2人はした。

 やがてこれから 2人に長い付き合いになるだろう編集プロダクションに到着した。部屋に入ると社長が、机に向かって忙しそうに編集作業をやっていた。

 「こんにちは、ワンダースケープの青島と南野桜子、やってまいりました」

 「おう、来たか、まずはメシでも食おう、なじみの洋食屋でいいかな」

 「はい、結構です」

 「あのー南野桜子です、よろしくお願いします」

 「おう、絵は見たよ。いいね高校生、最近の若い子の事情に疎いから、メシでも食って話して話の中に企画を探すってのがオレの仕事に対するスタンスなんだよね、ま付き合ってくれ」

 「はい、ワタシ、業界は初めてなので、結構緊張してます」

 「まぁそのうち慣れるよ、行こう」

 そういうと三人は近所の洋食屋に向かった。歩いて 5分の距離だが、かなり人気のない区画にひっそりとその洋食屋はあった。メニューはランチセットが結構なボリュームでしかも安かった。

 「ここだ、 2人ともランチでいいよな」

 「はい、ランチですね」

 「まぁ座ろう」

 三人はテーブル席に座って、ランチを三人前頼んだ。

  社長はお絞りで手を拭きながらビジネスライクに話す。

 「そうだな、南野クンの絵を見て、まずはカットから入ってもらおうって思ったのが一点。あとは出版社の雑誌の企画に使えないか、考えてるんだよ」

 「おー、早速仕事発生ですか、カットですか、モノクロですね、南野クン描ける?」

 「モノクロは描いた事があまり無いです。やっぱりマンガと同じで紙にペンでしょうか」

 「そうだね、紙にペンと黒インクで書いてもらうかな、一点2000円で月に一回、雑誌のレギュラーページの一ページ目に乗せるんだけどね」

 「はい」

 「じゃメシ食い終わったら、原稿渡すから、まずは一点描いて、FAXでもメールでもいいから送ってくれるか、今名刺渡すからFAX番号とメールアドレス書いてあるので、それで」

 そういうと社長は桜子に名刺を渡した。

 「あのーワタシFAXも持ってないし、メールって言ってもどうやったら?携帯しか使った事無いです」

 真が助け舟を出す。

 「ああ、それなら心配しないでいいよ、作業はワンダースケープでやってくれる?FAXもあるしスキャナもあるから」

 「ああ、なるほど、ワンダースケープに頼めばいいんですね」

 「そういうこと、設備はばっちりだから、うちの会社」そこまで話すとランチがテーブルに運ばれてきた。今日のランチはチーズハンバーグのデミグラスソースだった。早速3人は食べ始める。食べながら社長が切り出す。

 「それでな、今考えてるのは、女性誌のコラムのカラーイラストが出来ないかと思うんだが、まだ出版社に企画通してないっていうか、企画書も書いてないんだけどな」

 「はい、女性誌ですか、南野クンの作風にぴったりじゃないですか」

 「女性誌」と桜子も興味を示す。

 「うん、月刊の女性誌、そこで有名芸能人の女性、そうだな、歌手とか女優とか、毎月交替で一年通して文章書いてもらって、南野クンにはそれ読んでもらって、描いて貰うか、あるいは絵を先行して描いて貰って、それを元に芸能人に文章書いてもらうか、まだ決めてない」

 「ほーそれは凄いですね、カラーですよね」

 「そう、油絵でもいいけど、出来ればアクリル絵の具で紙に。 Mac持ってるならMacでCGでもいいがな。でもポートフォリオ見ると油絵がいいんだよな。ただ、油絵は乾きが遅いから、出版のイラスト向きじゃないがな」

 「そうですね。南野クンにはMacは追々覚えてもらうっていうか教えることは出来ますので 、まずはアクリル絵の具からですね」

 「は、アクリル絵の具?それも使った事無いなぁ。名前は知ってるけど、リキテックスとかアクリラですよね、画材屋で見たことあります」

 「まぁそうだね、キミの才能なら油絵の具と変わらないものが出来るだろうよ」

 「はい、がんばります」

 三人はそして談話しながら食事を進めた。やがて食べ終わると、社長が水を飲みながら言う。

 「それじゃ、会社に戻って、原稿のコピー渡すから、それ読んで、カット描いてくれ」 

 社長は財布からお金を出して精算に入った。

 「領収書、いつものように」

 「はい、2750円です」

 「うむ」

 「今日はどうもご馳走様です」と真が言うと、桜子も続いて

 「とても美味しかったです」

 「ああ、またちょくちょくこういう形で打ち合わせは増えてくるから、二人ともオレに馴染んでくれ。わはは」そう笑いながら、社長は外に出た。そして会社に戻ると原稿のコピーを受け 取り、出来た作品の納品はメールに添付の形で納品する段取りにした。桜子の銀行の口座番号を書いてギャラの支払いの手続きもそこで確認した。

2人は挨拶をすると、会社を出て、帰路についた。桜子はまだ狐につままれたような面持ちで帰りの電車に乗った。真は仕事が成立した喜びを隠せないでいた。帰りの電車の中で桜子は真に問いかける。

 「あのー、ほんとにこれでよろしいんでしょうか、いえ、絵を描くのはいやじゃないけど、こうして枠を貰って絵を描くのは初めてです、まぁお金になるからいいのかなぁ」

 「うん、いいんじゃないでしょうか、そんなに学業にもフローラのバイトにも支障ないだろうから、お願いがあります。あなたにイラストレーターになって欲しいんです」

 「そうストレートに言われちゃうとなぁ。困るけど当分は仕事ありますねぇ」

 「がんばって」

2人は帰りも急行に乗って春日部駅まで同行した。数日中に桜子はカットを仕上げて、ワンダースケープを訪問しなくてはいけない。別れ際、その事を確認すると、 2人はそれぞれの家路に帰っていった。


題名 初仕事、打ち合わせは楽しかった  9月18日

<取引先の女子高生を説き伏せてイラストレーターとしてデビューさせる。自分の叶わなかった夢を代わりに実現してくれる、そんな才能との出会いがボクにはうれしい。自分はアクセクとデザイナーをやるが、彼女ははじめから違う。東京の一流どころの編集者に一発で認められるなんて、自分にとっては嬉しい事。さて、仕事が仕上がったら、スキャナーで読み込んで入稿用 のデータ作りを応援しなくちゃな>


 その日は秋晴れの空の青さが染み渡るいい天気だった。今日は秋分の日で秋の彼岸の日だった。真は涼子目当てにフローラへ立ち寄った。最近の春日部のツイッター仲間とのユーストリーム放送のあるミーティングへ涼子を連れ出そうという目論見もあった。バイク、緑色のVT250スパーダは静かにフローラの前で止まった。ヘルメットを脱いで、バイクのシートの上に置いてあいさつをする。午前中の静かな時間だった。

 「こんにちは」

 「いらっしゃいませ、ブログ見てますよ、桜子のデビュー決まったんですよね」と涼子が答える。手には花束を握り、今ブーケを創ってるらしかった。

 「そうですね、自分の夢は絵描きになる事だったんですが、南野クンに先を越されました。っていうか、自分の楽しみで営業したんですけどね、まぁ才能があるって事で」  「いらっしゃい、青島さん」と桜子も奥から出てきた。

 「こんにちは、一発目のカット、結構評価よかったようだよ、社長から電話貰った、イイヨって」

 「まぁあのくらいなら描けます、毎月2000円は稼げるからいい小遣いだわ」

 「青島さん、最近インターネットで検索を覚えて、花言葉のページを見つけたんです」 と涼子がゆっくり話だした。

 「インターネットって便利ですよね、こうしてさまざまな情報が一瞬で手に入りますからね、青島さんの動向もブログでチェックできるから面白いです」

 と言われ青島は冷や汗を書く。理子とのキスのことは書いてないのだが、ヨソのオンナとバイクでツーリングした自分のことを涼子はどう思ってるかが気になり、また心の奥が縮こまる感触を真は味わっていた。

 「えーと、そうですね 22歳独身のオトコの赤裸々な告白なんですけど、まぁ引き続き見てやってください。なんか面白いです、話す前から話す事が分かってるってのは、自分には新鮮です」

 「バイクでツーリング、銚子まで、ての読みましたが、何もなかったの、オンナの人と一緒で、2人きり、なにかなかったんですかぁ?」と桜子が目を細めて聞いてきた。真は一瞬ホントのことを言うか迷ったが、ごまかすことにした。

 「何も無かったよ。海を見てきれいだと思い、イワシ天丼食べて帰ってきただけだよ、キミを裏切るなんて、ボクにはできないなぁ」などと茶化して言った。

 「ほーほーそうですか、なんか怪しい、怪しすぎる真さん、そんなところにワタシも引かれちゃうんだけど。同い年の男の子より年上の方が頼りがいあるって感じ」

 「まぁまぁそのくらいにして、結婚式場のテーブルフラワー5点作るの手伝って」と涼子がさえぎった。

 「はーい、エーと皿5枚用意して、オアシスを切って置いて、と」準備できましたと桜子。

 「はい、じゃぁ挿していくから」と涼子は以前に比べると大分手馴れた手つきでテーブルフラワーを作っていく。

 「涼子さん、大分仕事慣れてきましたね、素人目にもはっきり分かりますよ」

 「ええ、今は花を生けるのだけが楽しみですからね。そうそう、真さんには言ってなかったけどワタシ結婚はしたけど、結婚式は挙げてないんですよね、入籍だけ。お金無かったので、なにせ高校卒業したばかりでしたから」

 「あーそうなんですか、でも葬式の生花よりは、祝い花のほうがいいんじゃないですか」

 「そうですね、葬式の生花は基本男の人がやるんで、ワタシはもっぱら花はいじらないで、事務やってました、北千住で」

 「あ、そうなんですね、それは知りませんでした。自分は花は興味なかったんですけど、ココに来るようになって、少し勉強しましたが、花は面白いですね」

 「いいでしょう、花、そうですね、このネリネを一輪差し上げますわ」

 といって、涼子は花桶からネリネの花を一輪さしだす。

 「花言葉はあとでお調べくださいねぇ」

 そう言われて真はネリネの花を受け取った。ネリネ、どんな意味があるんだろうか、真は気になった。

 「花言葉っていいですよね、暗号みたいで、思いを花に託すって素敵な事だと思います」そういって涼子はテーブルフラワーの仕上げに掛かった。桜子は2人の雰囲気を悟り、それでもなお食いついた。

 「はい、お 2人さん、そこまで、いい雰囲気作られちゃうと、ワタシの胸が沸き立つわ、嫉妬って言うほどの事じゃないけど、なんかむずがゆくなっちゃう」と桜子は真剣な眼差しを持ちながら真を見ながら言った。

 そこへバイクがやってきた。赤い ZZR400だ。真は「まさか」と思った。そう、理子がツイッターの書き込みを見てやってきたのだ。真は真の世界が破裂する予感で心臓が止まりそうになった。ヘルメットを脱いだライダーはまさしく理子だった。肩まで伸びたセミロングの髪を撫で付けながら、理子はバイクを降りた。ジーンズにネルシャツのラフな格好で、はめていたグローブを はずしながら、店の中を見ていた。

 「真クンみーつけた」と、ニヤニヤしながら店先に立った。真はしょっぱい顔をしながら、理子に返事を返す。

 「理子さん、ツイッター見てたんですね。お久しぶりです。ツーリング以来ですもんね」

 「そうよ、たまには会うのもいいかと思って、来ました。今日は私もフライトはオフなの。真クンの動向が気になるワタシは、やっぱり一人のオンナなのよ」といいながらニッコリ笑った。笑ったのはいいが、その向こうには、ほのかな嫉妬が混じっているのを真は肌で感じ取った。が、そうも言ってられない、硬直した真は自分を解きほぐすために、フローラの2人を理子に紹介する事にした。

 「えーと、紹介します、フローラの早瀬涼子さんフラワーデザイナー見習いとアルバイトの南野桜子さん。そしてこちらはボクのバイク仲間の北川理子さんでキャビンアテンダントです」

 「はじめまして、北川理子です、スチュワーデスやってます。今日は真クンの私の知らない一面を見たくてやってきました。ふーん、アナタがブログで心ときめいたって言ってた人ね。早瀬涼子さんか、覚えておくわ」

 理子は涼子を一瞥すると、店の花を見渡していた。

 「これだけいろいろな花を揃えてるってキレイね」

 「あのーやはり銚子に行ったときに何かあったんでしょうか?」と桜子が聞いた。その聞いたときの表情は小悪魔そのものの笑みを浮かべていた。真は桜子の顔を見て、奈落の底へ落ちるような錯覚に囚われていた。

 「あら、アナタも真クンのことが気になるわけ?そうねー、海を見ながらキスしたわ。よかったわよ」

 「キスをした。へー青島さん、何も無かったってウソだったのね。へー」

 桜子は冷ややかな目で青島を見た。

 「う、す、すみません、だっていきなりだったもので、クチビルを奪われたのはボクなんです 」

 「奪うなんて。22歳にもなったならキスの一つも出来ないでどうするの?と理子は笑いながら言った。涼子はその話を聞いて動揺はしなかった。落ち着いて手を動かしながらテーブルフラワーのアレンジメントを続けていた。理子は涼子に一瞥をくれると話を続けた。

 「そうね、涼子さん、まだ青島さんとは進展してないみたいだし、ワタシ宣言するわ、青島君をモノにするのは、ワタシ、よくって?」

 そう宣言されると、涼子は手を止めて理子をちょっと見て、静かに話し出す。

 「イエ、ワタシは未だに亡くした人のことが忘れられないし、青島さんはパソコンやインターネットのことを教えてくれるいい人以上のことは今は考えていないんですよ、だから、好きにやってください。選ぶのは青島さんなんだから」

 「あら、余裕っていうか、のんびり構えているんですね、じゃぁ遠慮はいらないって事ね」と理子は腕を組みながら言った。

 桜子が割り込む。

 「ちょ、ちょっと待って。ワタシも青島さんの事好きなんです。ですからワタシはアナタのライバルですね」と桜子は青島を見てそういう。

 青島はため息をついた。

 「はぁ」

 理子は青島を見て少しいらだちながら、

 「青島クン、もてるのね、いいわ、ワタシ、あなたの心をワタシに振り向かせてみるわ、絶対」

 そこまで言われて真は天を見上げる。真はオンナたちの苛立ち、嫉妬、はやる気持ちを会話か ら感じ取っていた。オンナの怖さをかいま見て、そしてやるせない気持ちになった。

 「あの、もういいじゃないですか。自分は確かに彼女なしなんだけど、今は涼子さんが好きで、でも、涼子さんは元カレが忘れられなくて、南野クンは好きっていうか、その才能をボクは買ってるし、理子さんは……」

 「ワタシはどうなの、どう思うのよ?ワタシのこと」

 「あのーいや、バイク仲間なんですけど」

 「それだけ」

 二の句がつげない真だった。この硬直した空気を真はどうしようもなかった。真の内面は地獄落ちしていた。そこへ、奥から店の様子を見に出た早瀬社長が助け船をだす。  「いらっしゃい、美人さん。青島君の彼女かな?青島君もてるなぁ」

 「まだ、彼女未満なんです、でもキスはしましたけどね」

 「そうでしたか」と息を抜いて手を前に組み涼子のほうを見て言った。

 「涼子、今日はお彼岸だからこれから墓参りに行こう、半年ぶりにあってこようじゃないか」

 そういうと涼子は

 「そうですね、行きましょう。」とテーブルフラワーのアレンジメントの手を止めた。

 早瀬社長は、場の雰囲気察して、真を連れだそうと、機転をきかせた。

 「青島君、どうだ、墓参りに一緒に行かないか、涼子が好きなら、涼子のすべてを知るのは悪い事じゃないだろう」

 「は、はい、行きます」

 「墓は一ノ割の春日部霊園にある。以前は静岡の山奥にあったのだけれど、早瀬の本家ももう無いし、北千住の兄貴と相談して今年の春に春日部霊園に移築したんだ。ちょうど空きがあったのでね、だから大分ラクになったんだよ」

 「へーそうなんですか、じゃぁ一緒に行きます」と、真はほっとした様子で言った。

 理子はほっとした様子の真を見て釘をさす。

 「あら、助かったわね真クン、いいわ、ワタシ帰るけど、また来るわ。今度は花を買いに来ましょうかね。でもあなたの事あきらめるって訳じゃないから、じゃぁね」

 「はぁ、あまり自分をいじめないでください」

 「いじめてなんかいないわよ。アナタのことが気になるの、それだけ」

 真は目をつぶって理子を送り出す。理子はヘルメットを被りZZRのセルスターターを起動する。そして発進した。見送りながら、真はほっとした。

 「じゃぁ桜子、後はたのんだわ」と涼子はエプロンを脱ぎながら、身支度をする。

 「はい、熊田さんと一緒だから、大丈夫ですよ、いってらっしゃい」

 「それじゃ行こう、徒歩でゆっくり行こう」と早瀬社長は店を出て行く。涼子と真はあとをついて行った。春日部駅までは徒歩だった。三人は歩きながら、話を進めた。

 「青島君、大変だな。オトコはモテるときはモテるからな。厳しそうだったから、助けてあげたよ」

 「ありがとうございます。自分は女の子にねじ込まれるのってはじめてです。なんか身がすくみましたよ、オンナって怖いですね」

 「まぁな、そのうち慣れるよ、さっき来てた女の人も美人だったなぁ」

 「北川理子さんのことですか。スチュワーデスやってて、バイクの免許取るとき知り合ったんですが」

 「ほースチュワーデスね、カッコイイね」

 「この前、銚子にツーリングに行った時にキスされました。涼子さん、そうゆうわけなんです、ごめんなさい。ブログには書けなっかたです」

 「いいんですよ。ワタシが真さんを縛る理由はいまのところ無いんですから。ワタシは今は花 の仕事に集中していますので」と涼子は冷めていた。キスをしたことが分かった時、少し動揺したが、手を動かして花作りに集中したら、動揺は消えていた。その事を思い出して、涼子は平常心を取り戻したのだった。

 「さて駅に着いたぞ、切符を買おう、一ノ割駅までだ」

 三人は切符を買い改札を抜け一番線のホームに立った。早瀬社長は切り出す。

 「となり駅だからな、まぁゆっくり行こう」と電車を待つ。

 数分で各駅停車の東武伊勢崎線の電車がやってきて三人は乗り込んだ。

 「静岡の墓ですか、遠かったんですね」

 「うん、本家も無いけど、墓は動かせなかったからね。涼子も甥の墓参りには静岡まで行ってたんだよ」

 「涼子さん、大変でしたね」と真は落ち着いている涼子に話しかける。

 「ええ、ワタシ、命日には静岡まで、行ってました。今年の春から春日部に移築したから大分ラクになりましよ」

 ほどなく電車は一ノ割駅に着いた。

 「さて、霊園まではちょっと歩くけど、行こうか」

 駅前から細い道を藤塚橋の交差点まで歩き、橋を超えコンビニのある信号を右に曲がる。左手 に保育所と香取神社を見ながら、霊園まではあと一キロぐらいあるだろうか。  「ひなびたいいところだろう」

 「そうですね」

 やがて春日部霊園が見えてきた。ココには霊園が三つある、かなり古くからある霊園なのだ った。三人は霊園の正門から入り、一番古利根川沿いの一画にある古びた墓の前に立った。

 「さぁ、ここが早瀬家の墓だよ、ちょっと水汲んでくる」と言って早瀬社長は正門脇の水道に 向かった。墓にかける水を汲むためだ。真は涼子と2人きりになって、なにか言葉を、と模索したが、シンミリしている涼子にかける言葉はなかなか見つからなかった。考えた末に言葉をだした。

 「涼子さん、亡くなった旦那さんってどういう人だったんですか?」

 そう聞かれて、涼子はうつむいた。

 「どんな人だったか。優しい人でした、とっても」

 「優しい人でしたか、そうですか」

 「青島さんも随分やさしい人ですけど、ワタシ、16歳で恋に落ちて、夢中で高校生活を送って卒業して入籍して、ってワタシの青春はめまぐるしかったです」

 「ボクなんか、高校生の頃はぼんやりしてましたよ。美術室で油絵描くのが面白くてしょうが なかったけど」

 「わたし……」と涼子が言いかけた時、早瀬社長がオケに水を入れシキミを携えて、墓に戻ってきた。

 「よし、準備できた、涼子、線香に火をつけてくれ」

 「はい、わかりました、ライター貸してください」と涼子は持参した線香の一束に火をつけていた。

 「さて、墓掃除しなくちゃな、ボロ雑巾も流しに置いてあったから」

 そういって早瀬社長は墓を丁寧に拭いていく。水を入れてシキミを飾った。

 「よし、供養しようか。南無妙法蓮華経」

 三人は手を合わせて、静かに弔った。

 「ココがオレの甥の眠る墓さ。先祖代々ココに眠ることになる。オレもあと何十年かしたらここにはいるんだよなぁ」

 「まだ先のことじゃないですか」と真は言った。

 「オレの甥は急性心不全で逝った。高校卒業してすぐに入籍なんて、オレも驚いてたんだけど、涼子と2人の姿をみて、18歳にしちゃ大人びた2人だったなぁって記憶だよ」

 「へーそうなんですか。自分は高校卒業したら美術の予備校でひたすらデッサンしてました。 女の子には興味なかったんですよね。それより絵を描くのが面白かったので」

 「人生それぞれだよな。涼子、墓の前でなんだけど、そろそろ、今と未来を生きてみたらどうだ。過去や死者に縛られているには、今のオマエの若さでは勿体無いだろう」と涼子に早瀬社長は話しかける。

 涼子は涙した。涙が頬伝わって落ちていくのを真は見てはっとした。「私、私というものが分かりません」

そういうと、手で顔を覆った。涼子の琴線に触れるものがあったのだろう。とっさに真は涼子の手を握った。強く握り、そして涼子は握り返した。

 「分からなくていいんじゃないですか、自分だって自分がどうしたいのか分からなくなることがありますよ」

 そういうと二人は視線を合わせた。

 「ね、今日はゆっくり休みましょうよ」

 「はい、今日は、ワタシ、もうだめです。昔の事を思い出すと涙が出てきちゃう」

 「ああ、今日はもう休め」と早瀬社長が言う。

 「それじゃ、そろそろ帰ろうか」

 「そうですね、涼子さん帰りましょう。」と手を握ったまま真は帰ることを促す。  「はい」

 そういうと涼子は左手で涙をぬぐった。そして空を見上げる。秋の雲は高く漂い、青空は少し夏の光景を残しながら、みずみずしく青かった。

 三人は霊園の正門を出て、一ノ割駅に向かった。歩いていく途中、さまざまな人とすれ違う。 今日は秋分の日、お彼岸の真っ最中だ、ミナそれぞれに仏花をもち墓へと向かっている。涼子と真は手を握ったままだった。涼子のひんやりした手の感触を真は感じながら、それでも真は手を 離さなかった。そして言う。

 「涼子さん、今日は、涼子さんとの距離が1センチは近づいたような気がします」  涼子は返す。

 「ワタシ、ワタシみたいなオンナで良いんですか?」と、うつむきながらつぶやく。

 「いいんじゃないですか、ボクは涼子さんのこと大事に思ってます。涼子さんの中で過去は決して消えるものじゃないだろうけど、ボクは待ちます。あなたとの心の距離が0センチメートルになるまで、ボクは待ちます」

 2人は結局一ノ割の駅の券売機で切符を買うまで手を握ったまま歩いてきた。早瀬社長は涼子の中に新しい心の動きがかすかに動いているのを感じて嬉しく思っていた。ただ、その事は早瀬 社長は今はそっと秘めておこうと思い、電車に乗るまで、無言でいた。 春日部駅について、ゆっくりフローラに戻る三人だった。帰る途中真は、今日の用事でもう一 つ涼子に言うべきことを忘れていたの思い出した。

 「涼子さん、そうだ、言うの忘れてたけど、今度カスコンでミーティングがあるんだけど、一緒に参加しませんか?ユーストリームで実況中継でちょっと恥ずかしいんですが、まぁ5人くらいしか見ないインターネットテレビ放送なんですけどね」

 涼子は驚いて当惑した顔で言った。

 「ええ、まぁ一回くらいなら出てもいいですけど、テレビに出るんですか?ワタシ」  「ええ、でもまだ出来たばかりで誰も見ない番組ですけど、ツイッターでリンク貼っても見るのは春日部のツイッター仲間くらいなものですよ。春日部の花娘代表で是非ご一緒したいんですけど」

 「はぁわかりました、真さん一緒に行ってくれるんですよね」

 「もちろん、一緒ですよ」

 「おおーっと、面白そうな話だな。フローラの宣伝にもなるから、涼子出て見れ。今と未来に生きろ、オンナに生まれたならな」と無言だった早瀬社長がエールを送る。

 「今と未来に生きる。そうですね、オンナですものね」

 「まぁいいよ、今日は涼子は仕事上がっていい。あとは桜子と熊田がやるから」

 「えーっと、ほんとは涼子さんをバイクに乗せて走り回りたいですが、まだ免許とって間もな いのでタンデム禁止なんです。今日は一人で吉川とか旧庄和の田んぼ道走ってきます」

 「そうですか。ああ、あとテレビの放映っていつやるんですか?日にちが知りたいです」

 「ああ、ミーティングは来週の金曜日です。丸和不動産の三階の応接室でやりますね。金曜日 の夕方迎えに来ますので、その時はよろしくお願いします。涼子さんみたいな美人が来ればみんな沸き立つ事受けあいですので、楽しみです」

 「ええ、それじゃ今日は桜子と熊田さんにあいさつしてから帰ります」

 「涼子さん、今まで聞かなかったけど、どちらに住んでるんですか、すいません、興味があったので聞いちゃいます」

 「南桜井の、江戸川のほとりのワンルームアパートです。実家は足立区なんで、まぁ東武線で通ってもよかったんですけど、通勤時間が苦痛なので春日部にアパート借りたんですよ」

 「そうなんですか、自分最近手紙に凝ってて、高校の同級生とかによくハガキを送ることをやってます。インターネットのメールもいいけど、手紙の味わいもまたいいものですよ、ですから、あとで住所教えてくださいね」

 「手紙ですか、いいですよ。そういえばワタシも年賀状も出さないで3年経っちゃいました。高校卒業してすぐ入籍して、夫が無くなってあわただしく三年過ごしちゃいましたからね」

 「過去は過去ですよね、オンナなら今と未来に生きないと。天国のだんなさんもそう思って るじゃないかな」

 「そうですね、ああ、フローラについた、それでは」

 そういうと涼子は店に入っていき、桜子と熊田にあいさつを入れて、その長い髪をリボンでまとめて少しはしゃぐように店を出てきた」

 「それじゃ、今日はこれで帰ります。ちょっとララガーデンによって、洋服でも見て帰りますわ。真さん、それじゃまた今度」

 「ええ、また来週。当日に携帯にメール入れますから」

 「はい、分かりました、それじゃ」

 そういうと涼子は横断歩道を渡り、郵便局の脇を抜けララガーデンへむけて歩いていった。その背中を見送りながら真は自分も動く準備をした。店前に停めてあったバイクにキーを挿し、ヘルメットを被り、バイクにまたがったところで、早瀬社長が大きな声で言った。

 「青島君、涼子のこと頼んだよ、アイツの時計を動かせるのは、きっとキミしかいない。影ながら応援するぞ」

 そういわれて、真は背筋にピンと気合が入るのが分かった、そして答える。

 「はい、分かりました」

 そういうと真はアクセルを空け、ゆっくり車道に出て行った。前方には涼子の後姿が見え、バイクのミラーにはフローラと早瀬社長の姿が見える。ゆっくりアクセルを空け信号は青だったの で思い切りよくバイクを発進させた。次第に遠くなるフローラ。そして、少し楽しげに歩く涼子を横目で見ながらバイクは走っていく。空は少し夕暮れに掛かっていた。夕暮れまではあとわずかだった。


題名 秋分の日、墓参り 9月23日

<今日は好きなあの人に会いにフローラへ行った。ちょっとしたアクシデントはあったけれど、概ね今日はいい日だった。彼女の過去を知り、そして未来へ導くためにボクは生きているんだ。そう思うと胸が熱くなってくる。これは恋なんだ。墓参りの帰り、ボクは彼女の手を握ったまま 離さなかった。彼女のひんやりした手を握り、未来を思った。>


 翌24日、ワンダースケープの三人は仕事が終わって三人でラウンドアバウトで飲んでいた。真は恵子と墨田に秋分の日に自分の身に起きた出来事をすべて報告した。恵子は電気ブランをあおりながら、真に食いついた。

 「ふーん、それで、手を握ったと。それが進展だと、アンタはいいたいわけね」

 「ええ、手を握りましたよ。新鮮です。心と心の距離が一センチ近づいたって感じです」

 「まぁ涼子さんの身上を聞けば結構難しい人みたいだから、いいな、真、よくやったよ」と墨田がフォローを入れる

 「ありがとうございます。いつか彼女との距離がゼロセンチに近づくように頑張ってみます」

 「心の距離か。一度すれ違うと取り戻すのが難しいが、まぁゆっくりやれや」

 「はい、フローラの社長さんにも期待されています、ですので頑張ります」

 「でもさ、真クン、未だに童貞なんだよね」と酔った勢いで恵子が突っ込む。

 「はい、でもそんなことは今はどうでもいいです。彼女との心の距離が近づけばそれでボクは救われます」

 「好きにやって頂戴、マスター、このボウヤのために何か一曲プレゼントしてやって」  「はいよー」

スローなバラードが流れてきた。そう、真は未だ童貞のままなのだった。



「フローラの追憶 第一部」

文・イラスト ブルーアイリス・中島英樹 URL:http:www.blueiris.jp メールblueirisr8@yahoo.co.jp


※原文ママ

中島英樹@ブルーアイリス著 フローラの追憶 第一部 第2章 アスター(信ずる恋)の章

 


「涼子さん、それじゃ行きましょうか、身分証は持ってますよね」

 「はい、免許証 ……」

 「最新のiPhone4ですからね、時代の最先端ですよ、いいなぁ、自分も新しいの欲しいですけど、まだ分割払いが残ってて」

 そういうと真と涼子はララガーデンを目指して歩いて行く。今日はかねてからの約束だった携帯電話の買い物に付き合う真だった。もちろん会社の命令で涼子が持つのを知っているし、それ

でも自分と同じiPhone仲間が出来るのは、純粋に真には楽しい作業だった。

 「iPhone4ですか、3とかあるんですか」

 「まぁまぁ、新しい方が性能良いですから、それで。いや、嬉しいな、iPhone仲間が増えるのは。会社の西園寺さんはWillcomeってPHS使ってますけどね、安いからってねぇ」 「ワタシも安い方が良いんですけど」

 「涼子さんの場合、他にネットやってたり固定電話持って無いわけだから、月々6千円は安いと思います」

 「社長にはツイッター担当って言われてるのですけれど、何を始めたらよいのか分からないです」

 「まま、いじってる内に覚えますよ。ツイッターは最初はつぶやいても誰も見ないんですけど 、フォローとフォロワーの数が増えるとコミュニケーションの頻度が上がって面白くなります。春日部はツイッターで凄い盛り上がりになってますよ。一月に二回オフ会とかありますよ」

 「オフ会ってなんですか?」

 「オフはオフラインの略で、ネットを離れて実際にあってみることです」

 二人はかなり大きな声でララガーデンに歩いていく。建物に入ってエスカレーターを上がればすぐにソフトバンクのショップがある。二人はいろいろと話しながら、さっとiPhone4を購入した 。二人はショップの向かいのマクドナルドで軽く食べながら、今後のことを話す。

 「自分もツイッターやってるんですが、春日部のくくりで話すると凄い勢いでミンナ反応するんですよね、ユーストリームって言うテレビ放映やら、春日部オンラインっていう WEBとか、まぁ春日部は熱いですよ」

 「ユーストリームって言うテレビですか、パソコンでテレビやるんですか」

 「ええ、春日部のグルメ情報とかそういうのを流せないか?って実験放送やってたりしますよ 」

 「へー、フローラの宣伝にもなるかしら、ワタシ出たら」

 「面白いですね、涼子さんはかなりの美人だから、受けると思います、ただ、まぁまだ自分もユーストリームは使いこなしていないので、教える範囲はブログを読むこと、WEBの検索、パ ソコンでのツイッター、iPhoneでのツイッターなんかですかね」

 「ふーん、帰ったら店のパソコンとつなげてくださいって言ってましたね、早速やってみましょう」

 「そうですね、そうそう、IDやメールアドレスっていってメールするには名前が必要です。自分にいいアイデアがあるんですよ。」

 「へー名前をつけるんですか、どんな名前ですか?」

 「白雪姫みたいだから、snow whiteってどうですか」

 「白雪姫……、なんかむずがゆくなっちゃいます」

 「自分、ネーミングのセンスあるとおもっとります。いいでしょsnow white」

 「はぁ、わかりました」

 「それじゃ店に戻ってセットアップしましょう」

 二人はようようとフローラに帰り、社長に報告した。

 「社長、iphone買いましたよ」

 「おう、そうか、やっと涼子も現代人だな」

 「そんなに携帯電話持ってないって重要なことかしら、まぁいいんですけどね」

 「涼子さん携帯やっと買ったんですね」と店の奥からデンファレを抱えた女の子が出てきて、 涼子に話しかけた

 「桜子、とうとう買ったわ。早速番号交換しよっか」

 「はじめまして、いや、はじめてじゃないかな、先週も店にいたよね」と真が女の子に話しかける。

 「こんにちは、南野桜子です。高校2年生、ここでバイト始めて一年です。涼子さんより仕事はできますよーん、きゃはは」

 「確かにワタシより仕事できるのよね、それは認めるわ」

 「そうなんですか、自分は青島です、アルバイト、学校は?勉強とか大丈夫?」

 「勉強はそこそこ頑張ってます。部活は美術部、やっぱりそこそこやってます」

 「美術部なの!自分も美術部でした。高校の頃は油絵ばかり描いてました」

 「女子高で美術部で一応去年は県展に入選しましたよ、でもワタシは油絵よりフラワーアレンジメントの方が面白いんです。将来はフラワーデザイナーかな、やっぱし」

 「ワタシも桜子に教わるほうが多いです」

 南野桜子は肩まで伸びた髪をリボンでまとめて、フローラの黄色いエプロンをつけていた。顔 立ちはきれいで、しかしまだ幼さの残る様子だった。真は美術部ということに興味が湧いたが、「高校生は恋愛対象じゃないなぁ」と思いながら、パソコンのセットアップをしていた。パソコンをいじりながらふと思いついたのは、兼ねてから作ってあった、自分の携帯電話やブログなど のアドレスを載せた個人の名刺を渡すことだった。

 「あの、名刺を二人に渡します。個人の名刺なんですけど、携帯番号やメールアドレスやらツイッターのIDなんかあるんで、よかったら番号交換しましょうか」

 「いいですよー、へーツイッターやってるんですか」

 「前は個人で趣味っぽくやってたけど、フローラの宣伝展開で仕事にも使えるかなって感じです。」

 と言って名刺を二人に手渡した。

 「ブログもやってるんですね、みてみます。」

 「よろしくね、まだ、リアルで反応って無いんで、出来れば感想やコメント返してくれると励みになるんだけど」

 「そうですね、今度、高校の文化祭があるんですけど来ませんか、私の絵も見て欲しいです」

 「文化祭ね。時間あったら行ってみようかな」

 「お待ちしております、詳しい日程は後でメールいれます」

 「それじゃワタシの携帯もメール打てるようになったんですか」

 「ああ、大丈夫ですよ、snow_whiteでソフトバンクで、オッケーです」 真は自分のiPhoneに涼子の携帯番号とメールアドレスを登録した。これで、少し彼女との距離が近 くなるかな、という予感で胸が一杯になった。 「青島君どうだ?今日はこらしょでミンナで飲まないか?今後のこととか、ちょっと飲みながら話そうよ」と早瀬社長が声を掛ける。

 「はい、いいですよ」

 「わーアタシも行きたい、飲めないから食べる」と桜子が声を上げた。

 「ああ、いいよ、ジュースで我慢しろよ」

 程なくして、店は閉店の時間になった。みんなで閉店作業を終えると、こらしょへ向かった。桜子ははしゃぎ、涼子はおとなしく歩いていった。熊田は退屈そうだった。

 「青島君、彼女とかいるの?」と熊田は退屈しのぎに話しかける。

 「いえ、いないんですけど、はぁ」

 「まぁいいかな、つまんない事聞いたね、ごめんね」

 「それより熊田さんが花屋勤めて何年ですか、キャリア 10年くらいですか?」

 「うーん、いやまだ8年くらい、大学でて2年間はサラリーマンやってたよ。でもなんかつまんなくてさ、花屋で花をいじってるの見て、面白そうでこの世界はいったよ」

 「そうですか、自分はデザインやってますけど、本当は画家になりたかったっていうか、まだ あきらめてないんですけど、絵で食うにはまだ無理みたいですね」

 「絵で食うか。結構大変だよな、まぁ頑張れよ」

 「はい」

程なくしてこらしょについたみんなはそれぞろ好きなものを注文した。まずはミンナでビールだった。

 「それじゃ、フローラの発展を願って乾杯」

 「かんぱーい」

 「いやー一仕事終わったあとのビールはいいよね」

 「そうですね」と青島が相槌をうった。

 「今後はどうする?とりあえずパソコンと光回線と携帯電話は持ったけど」と社長が切り出す。

 「まずはホームページ作って、ツイッターで宣伝しましょう。ツイッターで春日部だと今、凄い盛り上がりですから、その辺で面白くなりそうですよ。月に二回会合もありますし、ユーストリームで放送もありますが、まだ認知度が低いです。まずはホームページを作りましょう」

 「なるほどな。まぁツイッターは涼子に任せてあるからな」

 「はーい分かってます。やっと携帯電話持てたし、うれしいです」

 「ねー携帯電話持ててよかったですね。ワタシはもう飽きちゃってるけど、携帯なんて、メールが出来て話せればいいって思うけどぉ」と桜子が冷めた様子で話す。

 「まぁいいや、飲もう」と社長はビールをグイッっと飲み干していく。宴もたけなわで 真も大分飲んで酔いが回って、気分は大きくなった。ふと見ると涼子の横顔が美しい。思わず口に出てしまう言葉があった。

 「涼子さん、キレイですね。自分、涼子さんのことが好きです」

 涼子は飲みかけたビールをゴクリと飲み干すと、動揺していた。

 「あ、あのー、ワタシ、未亡人ですよ」

 「そんなこと関係ない、自分は涼子さんのことが好きなんです」

 桜子がちゃちゃいれをする。

 「あれれ、酔った勢いで告白するんだ、いいなー、じゃぁアタシもコクっちゃう。青島さーん 、ワタシと付き合ってぇ。きゃはは」

 「はい?」真は真に受けてしまい返事に困った。返事に困ったのは涼子も同じだった。いまだ夫のことは忘れられないし、死者に囚われていては前進は無いのだけれど、涼子は泣いて暮らした半年間の心の傷はまだ癒えていなかった。

 「ワタシ、新しい人ってまだ探せません、フラワーデザイナーの仕事も半人前だし、まだまだ恋愛って気分じゃないんです」

 「まぁそういうなよ、涼子さん、過去は踏み越えて前に進むほうがいいんじゃないかなぁ」と熊田が諭す。

 「ココロの傷ってあると思うんです。傷はざっくり深くワタシの中に横たわっていて、それを 埋めるには時間がいると思うんです」

 「わかりました、自分もそんなに焦らないです。自分は 22年間彼女無しなんですが、まぁ焦ってもいいことなさそうですね、涼子さんには。でも涼子さんを見ていると幸せな気持ちになれるんです。」

 「ふむふむ、まぁ青島君とは長い付き合いになると思うし、ギクシャクせずに、また来週、ネット関係のことを教えてくれるようにね。」

 その晩、飲み会は10時まで続いたが、桜子を遅くまで拘束するのはまずかろうという社長の判断で、こらしょで終了し2次会はなかった。真はかなり酔ったが、涼子の前で醜態は見せられないという気持ちの張りは残していたので、店の前で別れた後、ゆっくり春日部駅西口まで歩いて、タクシーで帰った。その日はブログの更新はしなかったが、日曜日、二日酔いの頭でブログの更新をした。今までほとんど誰も見ることの無かったブログだが、今日からはフローラの面々が 店でブログを見ることになるので、慎重に内容を決めて書いていった。


題名 告白しちゃったよ 4月25日

<昨日、花屋の人たちと飲んで、酔った勢いで彼女に告白してしまった。断られたけど、あきらめるって言うよりは、この恋はペースを落として、気長に成長を待つ、そういうタイプの恋になるんだろう。でもこの気持ちの高鳴りは抑えられない。抑えられないけど、彼女を想うエネルギーは創作の原動力になりそうだ。イメージがたくさん湧いてくる。女性はセンスをインスピレーションを与えてくれる。それはさておき、金がたまったから、高校生の頃から夢だった、オートバイの免許を取ろうと思う。午後から教習所に行って、申し込みをしてくる。ヘルメットやブーツを買わないといけない。まぁ急がないさ、時間は沢山あることだし >


「そうそう、そうです。大分タッチに慣れてきましたね」と真は涼子に iPhoneでのツイッターの講習を行っていた。告白から一週間、涼子との距離は縮まらないかったが、ギクシャクしたものでもなく、涼子はオトナの女の対応をしていた。そのおっとりした性格が真は好きだった。不安が ないのだ。美大浪人をやっていた頃や専門学校生のころ、同級生にたくさん女の子は居たが、真はその成熟してない女性群には囚われなかった。だから彼女いない歴は22年なのだったが。


< snowwhite みなさん初めまして。花の店フローラです。ツイッター担当のsnow_whiteがお送りし ます。 #kasukabe>


 「ってこんな感じでよいですか?青島さん

 「んーそうですね、とにかくフォロワーを増やしましょう。フォロワーが増えれば、コミュニケーションの濃度が上がって面白くなりますよ」


< sakurako_m はーい、snowさん、やっとツイッターデビューですね、それより青島さんはそこに居るかしら?今日が文化祭だって言ってください!>


 「あー、やべえ、今日は女子高の文化祭だっけ。」

 真は慌てて自分の iPhoneを取り出して、桜子に電話をかける。電話よりメールの使用頻度が高い真だったが、緊急なので電話をかけた。

 「ごめんなさい、今行きます。30分で行くから」

 「それじゃ 30分たったら門の前に立ってますから、声かけて下さいね」

 「はーい」

 電話を切った真は涼子に文化祭の旨を伝えて、店の自転車を借りることにした。自転車なら15分でいける距離だった。

 「あらあら、それじゃ行ってらっしゃい。ワタシはもう少しツイッターで遊んで見ることにします」

 「よろしくお願いします。南野君の油絵見たら帰ってきますので」

 「わかりました」

 そう会話を閉じると真は自転車に乗って西口のパチンコ屋の角を曲がって地下通路を通って東 口に出た。高校はそこから少しある。快調に自転車を転がして、真は、好奇心で一杯だった。男子校だった真は女子高というのは初めてで、縁の無いものかなぁと思っていたのだった。国道4号を渡り、交差点から 800メートルのところに女子高はあった。門の前で桜子が腕組みしながら、制服でつったっていた。

 「青島さん、やっときたかぁ」

 「ごめんねー、ツイッターの授業に夢中になっちゃって」

 「いいですから、自転車は自転車置き場に置いて、あ、これは文化祭のパンフ。美術部だけじゃなくていろいろ見てってください。喫茶店もやってます」

 「はい、しかし自分あれですよ、女子高は初めてで、なんか興奮します」

 「さーワタシはそんなに変わったことも無く女子高生やってますけどね」

 真は桜子に連れられるままに玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替えた。美術部は玄関のある 2階にあるそうで、今時の女子高生はどんな絵を描くのかに関心がある真は、勇んで美術室に入っていった。美術室に入ると、自分には慣れた油絵の具の匂いや石膏や粘土の匂いなど、懐かしい香りで真は嬉しかった。

 「はい、アタシの油絵、F30号でーす、去年県展の入選作です」と言われて、真はその絵を見た。上手い!上手すぎる、と真は思った。自分の高校生の頃の作風と記憶の中で比較して、真は驚いた。その絵は女性と花で構成されていて、その描写力は他の美

術部のメンバーの作品と比べると、遥かに高いレベルでまとまっていた。17歳でこれだけ描けるのは天才じゃないか、と真は驚いた。思わず声にでる。

 「上手い、これだけ描ければ、芸大も遠くないじゃないか」

 「えへへ、上手いでしょ、エヘン。種明かしするとアタシの父は兼業画家なの。子供頃から絵 筆握ってて、油絵は飽きるほど描きました。でもワタシ芸大とか行く気はあまり無いです。就職も難しいみたいだし、学芸員なんかなってみたいって思ってるけど、このままフローラに就職してフラワーデザイナーになってもいいかなって思ってる。はい、ワタシの絵についてはこの位にして、美術部のミンナの絵も見てね、その後はお茶屋でお茶しましょう」

 「なんか、自分、ショック百万倍なんだけどなぁ。」真は桜子の才能に、自分が負けているこ とを感じて、何か居心地の悪さを自分の中で膨らませていた。その後、真は美術部の、それなりの作品を見て、ほほえましく思った。そこにはモノツクリの楽しさが伝わって、上手い下手より 、若い情熱のかけらを見出して、自分の糧にしようと、眺めていった。

 やがて、一般教室の御茶屋で桜子とお茶を飲みながら、高校生活のことや、将来のことをおしゃべりした。そこでやっぱり話題に出たのは、恋のこと。真は涼子に告白して桜子もそれを目撃していたわけだから、それでもやっぱり桜子はチャチャを入れてきた。  「涼子さんはむずかしーですよ。ワタシなら簡単。何もないですから。純粋な女子高生ですからー。ワタシを選んで、きゃはは」

 「うーん埼玉じゃ 18歳未満に手を出したら犯罪なのだよ、その辺わかってください」  「ばれなければいいじゃないですか、親にも内緒にしておきますから、なんて」

 「うーん。いややっぱり南野君は恋愛対象じゃないっすよ。ごめんね」

 「あちゃーふられた、ワタシ、でもあきらめません、なんて。きゃはは」

 桜子がホンキなのかふざけているのかも、真にはよく分からなかった、一つ言えることは図抜けた才能の持ち主がフローラで土日はアルバイトしているってことだった。ワンダースケープはイラストレーターの外注をやっているので、桜子に仕事出したら面白いんじゃないだろうか、とも思った。ともあれ、初めての女子高の見学は真には有意義なものになった。祭りの余韻に浸るまでもなく、フローラに戻って、涼子がツイッターの勉強をしているかどうか、が気になっていた。

 「南野君、今日は楽しかったよ、ありがとう。今日はフローラには来ないのかな?」  「今日は最後まで居て、美術室の展示の片づけやらなにやらでフローラには行けないです。今日はお休みです。明日は出勤します。青島さんは明日もフローラで授業ですか?」  「いや、日曜日は自動二輪の免許取るんで、教習所にいきますよ」

 「バイクに乗るの!カッコイイ、アタシも乗りたいっていうか、乗せてくださいってのも校則でだめか、しょほほ」

 「タンデムは一年間禁止だったような気がする。高校生は乗せられません。一人で風を感じたくてのるんです。高校生の頃憧れてようやく金が貯まったので免許とるですよ。バイク買う金はまだ無いけど中古で 250ccなら安く買えるからローンでも組むよ」

 「ふーん、まぁ頑張ってくださいねぇ」

 「それじゃフローラに戻ります。またね」そういうと真は自転車にまたがりフローラへ帰っていった。涼子が iPhoneを持って待ってるいる。義務感がもたげて、でもふと、「オレは何をやっているのだろう、金にもならないのになぁ」とも思った。でも、情熱が真を動かしていた。


題名 凄い才能を発見した  5月1日


<今日は女子高の文化祭を見に行った。美術部の Sさんの招待だった。Sさんの絵はずば抜けて上 手かった。自分の自信がなくなるくらいに若さと才能がある。自分の会社はイラストのエージェ ントもやってるわけだから、その辺で、この才能をすくい上げることは出来ないものか真剣に考える。今日はツイッターの授業は上手くいった。明日は教習所だし。自分もそろそろ公募に向けて油絵描こうか、考えるところ>


 季節は巡っていく。フローラにパソコンが導入されてから、2ヶ月が経った。7月の日差しは夏の強さに、街は陽炎のように揺らめく。

 真は北春日部にある自動車教習場の玄関に立っていた。オートバイに乗りたいという気持ちは 高校生の頃からあった。中学の同級生はバイク乗りたさに栃木県の高校まで通った、なんていう話も聞いている。それでも高校生の頃は油絵に夢中だったが、街を走るオートバイやコンビニの 雑誌売り場のバイク雑誌を立ち読みするたびにバイクに乗りたいという願望が沸いていた。就職して一年経ち、貯金もまぁまぁ出来たので、バイクの免許を取ろうと決意したのは4月のはじめ、 フローラとの付き合いが出来てからだった。週に一回、日曜日に教習所に通うのは真にはいい気 分転換になっていた。今日も午前中から来て一回目の教習を終えて一服していたところだ。ボンヤリしていると、脇をヘルメットを持ってブーツを履いた若い女性が脇をすり抜けていく。先週も真は見かけた。

 「あ、こんにちは、先週もいっらっしゃいましたよね」

 「は?あ、そうですか。」と女性はちょっと驚いたように返事をした。

 「女性でバイクの免許とる人って珍しいと思って」

 「そうですね、仕事も順調で前々からバイクには乗りたいと思って、やっと始めましたけど」

 「そうですか、自分も高校生の頃から免許欲しかったんですが、進学や就職で後回しにしていて、やっと教習所に通い始めました」

 「父親がバイク乗ってて子供の頃よく後ろに乗せてもらった影響が大きかったです。あらもう 時間です、教習受けないと、ささ、行きましょう」

 「あー終わったら、お茶でもいかがですか」と真はとっさに言葉に出してしまった。女性を誘うなんてことは真は一回もやったことが無いが、女性の容姿に引かれて、誘ってしまった。

 「いいですよ、いい喫茶店知ってますから、そこでコーヒーでも飲みましょうか。どうせヒマですからねぇ」

 「はい、お願いします」

 そういうと二人は教習所の中に入って行った。2時間の教習を終えて二人が出てきたのはちょうど昼くらい。夏の太陽は容赦なく輝いていた。入り口で真は女性を待つ。

 「お待たせしました、行きましょうか。私車で通ってるんで、どうですか、車で来たんですか?」

 「いえ、電車で歩いてきたんで、喫茶店まで乗せてもらえますか」

 「ふーん、車は持ってないんですね」

 「親の車借りて乗る程度であんまり必要がないので、お金もそんなにないし」

 「そうね、自己紹介すると、私は北川理子っていいます、アナタの名前は?」

 「青島、青島真って言います。いい喫茶店ってどこですか?自分春日部のうまい店には興味 あるって言うか、ちょっとツイッターの繋がりで、春日部のうまい店を探してるんです」

 「大沼の夕暮れ楽団って喫茶店ですよ、最近出来たばかりでコーヒーが美味しいです」  「夕暮れ楽団ですか、知らないなぁ」

 「まぁまぁ、行って飲んでみれば良いですよ。美味しいですから。車はこっち」

 真は駐車場に案内されて理子の車に乗った。 BMWだった、その車で、若いのに高級車に乗る理 子の境遇を想像した。車で国道 16号に出て、線路を越えて、バイクショップののある交差点を左 に曲がった。大沼公園の脇を抜け、武道館の横に喫茶店、夕暮れ楽団がある。車の中では二人は

取り留めなく春日部の話をしていた。喫茶店に着くと、二人はテーブルに座り、真は本日のコ ーヒーを、理子はキリマンジャロとケーキを頼んだ。二人の会話はギクシャクしながら、話すうちにスムーズになっていく。

 「ワタシの職業はフライトアテンダント、スチュワーデスやってます。大学卒業してすんなり 希望の職に就けてラッキーです。もう一年、国内線の仕事やってて、そろそろ国際線に移るかどうかって感じなんで、そうなるとかなり忙しくなるから、バイクの免許取るヒマなくなりそうだから慌てて来たって感じなんですよね」

 「スチュワーデスですか。自分には知らない世界です。自分は春日部のワンダースケープって言うデザイン事務所でデザイナー見習いです、そろそろ見習いがとれるかな。えーっと名刺渡します。会社のと、個人の名刺 2枚……」

 そういうと真は財布から会社の名刺と個人の名刺を理子に渡した。

 「はいはい、そうかー名刺2枚ですか」と理子は名刺をしげしげ眺めて言った

 「あ、ブログやツイッターやってらっしゃるんですね。ふーん、アタシはブログもツイッターもやってないんですが、今度見てみます。ああ、あっとそれじゃ、アタシの携帯の番号とメールアドレス、欲しい?」

 「え、番号交換ですか、いいんですか」

 「いいですよー。はいプロフィール」そういうと理子は携帯電話のプロフィールを表示させて真に渡した。真は iPhoneを取り出し、アドレス帳に名前と電話番号とメールアドレスを登録した。 二人の会話は続いていく。

 「アタシは、今は親元で暮らしてるから、生活に困ることは無いのだけれど、国際線乗務に移 動になったら、東京に出て一人暮らししないと間に合わないかもしれないのよ」  「東京に引っ越すんですか。自分も親元なんですが、就職が春日部で決まったから、親元離れることはないけど一人暮らしはしてみたいけど、家賃払うより貯金していた方がいいかなって思 います」

 「青島さん、年いくつ?ワタシとそんなに違わないでしょう?」

 「22歳です。北川さんは大学出て一年てことは23歳ですか、自分よりイッコ上ですね」  「まーそうゆうことになるわね、ワタシはそうね、年下にはあまり興味が湧かなかったけど、青島さんは別ねー」

 そこまで聞いて真の直感は涼子に出会ったとき時の感触と似たものを感じていた。恋になってしまうかもしれない。真は涼子の顔を思い出しながら、内心戸惑いながらコーヒーをすすった。

 「ワタシは今のところ彼らしい人は居ないわ。大学のとき付き合ってた人は居たけど卒業で離 れちゃうと、ワタシも仕事が忙しかったし、自然消滅って感じ」

 「自分はえーっと、恥ずかしながら彼女いない歴 22年ですが、この春に片思いの女性は見つけ たけど、どうなるか、ちょっと難しい相手なんで」

 「そっかー童貞かー、まぁ人それぞれだからいいんじゃないの、片思いで難しいって、どうい うのか興味あるわね」

 「いえ、あのー 21歳で結婚してて、未亡人っていう」

 「あらら、それは大変。一筋縄ではいかなさそうね」

 「そうなんですよねー、っていうか、この恋は時間が掛かる、という直感があります。人を亡 くした心境っていうのは自分は分からないんですけど」

 「そうね、でも結局彼女いない訳なのね」というと理子はコーヒーを飲みケーキをつまんだ。

 「バイクの免許取ったら、ツーリングに行かない?」と理子は話題を切り替えてきた。  「ツーリングですか、いいですよ。自分は千葉の海とか見に行きたいですね」

 「千葉の海か、いいわね、銚子、館山、九十九里をまっすぐ南に向かうルートはいいわね。考 えてみるわ」

 「高校生の時、思いついて千葉県を電車で一周したんですよ。千葉に出て館山で一泊して電車で銚子まで、銚子から成田経由で帰ってきたって旅行したことがあります。夏の海はとてもきれ いでした」

 「おーそうね、夏の海ね、バイクはどうするの、買うの?借りるの」

 「バイク、は、オーソドックスなのがいいですよね。ネットで検索してVT250SPADAの中古が 20万位でありましたから東京のバイクショップでローンで買おうかと思って」  「そう、自分はお金あるけど、今はまだいいから父親の借りるわ、父はKawasakiのZZR400に乗っているの」

 「ふーんツアラーですね」

 「だって自分の欲しいのは YAMAHAのR1だもの、大型とらないと乗れないし」

 「大型もとるんですか」

 「とるわよーどうせならとことん」

 「いや、自分も HONDAのCBR600RRがいいかなって思うんですけど、とりあえずは中古で250ccでいいやって思ってます」

 「そう、じゃぁ秋口にツーリングってことで。そろそろ行きましょうか。そうそうブログ読んでおくわよ。あとツイッターね、友達がやってるから今度教えてもらうわ」

 そういうと理子はレシートを手にとり席を立った。

 「今日はアタシのおごりってことでいいわよ」

 「はい、また何かあったらメール入れますね」と真は答えた。

 「送っていくわよ、どこまで?」

 「ああ、春日部駅西口でいいですよ、自分藤塚に住んでるんですが」

 「ワタシは中央一丁目」

 「ああ、駅から近いですねー」

 そういうと二人は車にのり、春日部駅西口で別れた。真は涼子の顔、理子の顔を交互に思い 出し、二人の間で揺れている自分の恋の行く末を思い煩っていた。それでも明日はやってくる。フローラのサイト構築で今週は一杯かな、と真は思いながら、家に帰っていった。


題名 新しい出会い 7月4日

<今日は教習所で、新しい出会いがあった。23歳キャビンアテンダントだって。凛とした気迫に 押されたけど、こうゆう女性も居るんだなとか思った。これは恋の始まりではなかろうと思う けど、なんか予感もするけど、自分、最近女性に縁があるな。とまどう>  「アンタの最近のブログ、面白くてしょうがないわ」と席がとなりの恵子がニンマリと真を冷やかしている。突出したことは書いてないつもりだったが、女性は恋愛のキーワードには敏感なんだろうか、と真は女性に対して疑問を持った

 「なに?今度はオートバイで引っ掛けたの?恋多き男ね。それと高校生に手を出したら犯罪だからね。ウチから犯罪者出すわけに行かないから、その辺分かってるんでしょうね」

 「はいはい、南野桜子君のことですか。恋の対象っていうより、絵の才能がものすごいものがありますからウチのエージェントでイラストレーターになれないかなって思ってるんですよね。恵子さんは彼女の絵見てないでしょう。今度ポートフォリオ作って、出版社に持ち込みに行かせたらって思うんですけどね」

 「ふーん、そんなに凄いの?」

 「凄いですよ、自分は何で浪人したんだろうって思えるほど高校二年生で芸大確定ですが、本人は絵よりフラワーデザインを取るようですけど」

 「ふーん、フローラのあの子ね。ポートフォリオは是非見てみたいわね。出版社に当たって、そこら辺で売り込んでついでにウチにも仕事転がってくれば面白いわね」

 「そうですよ、ですから、そうだな、明日フローラに行きますから、話してきます」

 「うんうん、それでフローラのWEBサイト、出来たの?」

 「一応出来て、これからアップロードして、明日社長に見てもらいますよ」

 「おお、出来たのか、ちょっとプレビューしてみろよ」と二人の話を仕事をしながら聞いてい た墨田が話に入った。

 「はい、これです」と真は出来た WEBページを見せた。

 「なるほど、そつなくまとめてあるな、面白くはないが、真の実力じゃこんなものかな。おい おい商用サイトにするんだろう、真のスキルじゃ出来ないから、システム会社に構築は任せるしかないな、オレたちのやることはWEBのデザインラインの構築だけだな」  辛らつな評価を受けた真だが、WEBデザインも初めてやることなので、何をいわれてもしょうがないか、という気持ちになっていた。

 「まだ、これからだな、どうだ、今日は飲むか」

 「そうですね、一杯やって帰りましょうか、恵子さんもいくよね」

 「もちろん」

 ふと、真は明日フローラへ行く告知をツイッターでやっておこうと、 iPhoneを取り出した。

  <m_aosima @snow_white 涼子さん、明日また 10時にお伺いします。ホームページが出来たのと 、ツイッターのハッシュタグの使い方と、南野さんにちょっと仕事の話なんかしたいです> 

 と打ち込むとしばらくして涼子から返信が入った。

  < snow_white @m_aosimaはい、わかりました

 お待ちしております。ブログ見てますよ、お忙しそうですね(笑)>

 と返信が返ってきて、真は冷や汗をかいた。フローラにも自分のブログの URLは教えてあったので、涼子と桜子は、実際のところ毎日真のブログを見ている。真が書けば書くほど、自分のコ コロの在りようが二人には伝わる。理子に傾きかけた心情を見抜かれているのかもしれない、そう思うと冷や汗が出てくる。

 「ブログ……、まずいかもなぁ」

 と、そう思っても、毎日の習慣は止められない。内容をセーブして書いていくしか方法はない、が、話して、すでに認知された言葉のやり取りが、真には面白くも感じていた。 夕方6時にな った、ワンダースケープの業務はあらかた終了し、ミンナ楽しみのラウンドアバウトでの一杯の 時間になったわけだ。三人がまずは頼むのは中ジョッキのビールだった。乾杯の後、墨田は早速 真の近況について意見する。

 「さて、難しい恋愛に陥った真クンは、どうする、オレの見識だと、成長のチャンスだなって思う。突破してみろよ」と励ます。

 「はぁ、涼子さんのことですか?自分恋愛したこと無いんですが、彼女は無理目なのかもとも 思うし、アクロバティックな恋かなぁとか思うんですよね」

 「恋愛のとっかかりなんて、ミンナアクロバティックだと思うけどな。二つの世界が交わる、そこに命の発展があるんだよ、まぁでも 21歳未亡人てのはマレなケースだけどな。オレも助言しにくい」

 「時間掛かるかもねー、ワタシも温かく見守ってるって言うか興味本位だけど、真クンのブレ 方が面白いと感じているのね」と恵子が冷やかす。

 「ブレ、てますか?やっぱり。ああでも涼子さんにはホンキなんです。彼女ほどインスピレ ーションをくれる女性はそうそう居ないです。」

 「インスピレーションね、確かに女性にはそういう霊力みたいなのがある人っているよな」

 「女の直感を舐めたらいけないよ」

 「はぁ。」

 「明日、会うんだろう。メシ一緒に食うとか、少しはデートに誘うとか、してみたらいいんじゃないか。オマエの芸域も広がると思うんだが。やっぱ色はデザイナーには必要だよな、22年彼 女なしからは脱却しないとな」

 「うーん、焦る気持ちもありますが、なにせ相手は死人に縛られてる、死人だと無敵ですよね 、変わることの無い記憶の中に永遠に生き続けるわけで、そういうの崩すのって容易じゃないと思うんですが」

 「ま、たしかにな。それと教習所で知り合ったスチュワーデスに転ぶのか」

 「え、いや、それは多分無いと思うんですが。年がイッコ上ですし、性格が自分にはちょっと キツイかなぁ。バイク仲間・バイク友達以上にはならないんじゃないでしょうか」

 「オマエの顔だと結構母性本能くすぐる顔してるから、結構いい女引っ掛けられると思う」「そうですかね、本人はまぁ生まれついた顔なんで、なんとも。それにいい女は早瀬涼子さんで決まりでーす」

 「おーおー言ってくれる、けど、まだなんにもないんだよね、告白してもスルーされちゃって、出会って何ヶ月? 3ヶ月で、毎週会ってるのに何も進展がないのよね」

 「まぁそんないじめないでくださいよ、恋愛初心者なんですからボクは」

 「そろそろ若葉マークとらないとな」と墨田が笑う。

 「はいはい、あ、それと天才の女子高生が居るんですけど、こんどポートフォリオ作ってあげ ようと思ってるんですが、墨田さん、見ていただけます?」

 「天才ね。ブログに書いてた女子高生か。芸大目指したお前が言うなら、そうなのだろう、面 白いなフローラって店は。社長も大分今の時代が分かってるみたいだしな。付き合って刺激になる店だよな」

「自分もやってみて、教えてみて発見するってことが多数あります。今は店に並んでる花の名前 覚えるのが結構楽しいです。デンファレとかカトレアとかキレイです」

 「まぁいいさ、明日も教習か、金にはならんけど、後々生きてくるから、やってみろ」 「はい」

 三人はビールの後に、やっぱりいつもの電気ブランを飲んで、ほろ酔い加減で店を出た。明日は休みだ。三人はそれぞれの予定を考えながら、店先でそれぞれに帰路についた。


題名 恋って難しいか 7月4日

<会社の同僚は、自分のブログを面白いといってくれる。自分は日記として記録する、というた だそれだけの姿勢なのだが、まぁいいか。今日は飲んだ。飲んでるうちに、自分の顔のこと言われて、母性本能をくすぐる顔だっていう。本人は生まれついてのこの顔だからいいか悪いかあまり意識してないけれど。それよりも自分のこのココロの片隅で小さく燃えてる恋心をどうしようか、悩む。恋の相手は難しい人。そう難しいんだよなぁ。>


 「そうそう、ハッシュタグつけるようになったんですね、大分上達しましたね」

 「ええ、桜子さんがツイッターの参考書貸してくれたので、それ読んで勉強しましたから。フォロワー40人、フォロー20人まで来ました。この位仲間が増えると面白いですね」 と iPhoneをかざしながら、涼子は涼しい顔をしていった。iPhone購入から2ヶ月経って、涼子は社 長に任命されたとおりツイッター担当として、ネットで存在感を出していた。春日部にはカスカベ・コンシェルジュという春日部の情報を集めた立ち上げたばかりのサイトがあるのだが、そこのサイト構築をしたカスコン(kasucon)という女性と相互フォローの関係を結び、カスカベ・ コンシェルジュにフローラの情報が載ることになっていた。

 「カスコンさんとフォローで連携しましたか、自分もカラオケオフに誘われているんですが、 涼子さんはどうですか」

 「ええ、カスコンさん主催でやるみたいですね、アタシも行きましょう。インターネットで知り合った人と会うのは初めてです」

 「ほー、おもしろそうじゃん、ワタシも行く!」と桜子が割って入ってきた。

 「カラオケで久しぶりに叫びたいんです」

 「分かったよ。南野君はハッシュタグ・ #kasukabeでツイートしてないのかい」

 「そうですね、あまり地元ネタには触れていないです。もっぱら#flowerdesignとかそういうマイナーなものが多いです」

 「オレと涼子さんはビジネス中心で#kasukabeで大分地元のフォロワーを増やしてる。かなり春 日部のツイッターは盛り上がってるよ、その流れに参加してみないか」  「いいですよ、カラオケオフなんてあるんだぁ」

 「カラオケ、2年ぶりです。今までそれどころじゃなかったので」

 「まぁ涼子さんは、そう、いろいろあるから、いろいろだぁ」

 「うふふ、まぁそうですね、ところで青島さん、またオンナの人できたんですか、もてるんですね」

 「は?ああいえいえ、そういうんじゃないですけど、いえあのーバイク仲間なんですけど、秋 にバイクで千葉に行く約束はしてしまいましたが」しどろもどろになる真だった。

 「バイクでデートですか、ワタシともデートしてください!」と桜子も突っ込む。

 「南野君の場合、あのー東京の出版社に作品持っていかないか、というお誘いは出来る、つーかしてください」

 「はい?東京の出版社ですか?なぜに?」

 「いや、キミは絵の才能あるから、イラストレーターになってみないかなぁと思ってるんだけど」

 「え、いえワタシはフローラでフラワーデザイナーになるのが志望ですけど」

 「まぁ花屋に勤めながらでも絵は描けるでしょ、ウチで看板イラストレーターになって欲しいのだ」

 「はぁ」桜子はちょっとヘソが曲がったような顔をして、デンファレの入った桶に水を入れ始めた。涼子は話を静かに聴いていたが、途中で iPhoneをいじり始めて、何気なくツイートしていた 。

< white_snow @kasuconカラオケ大会の件、了解しました、日程は日曜日の昼がいいです。楽しみにお待ちしております>

と書いて、iPhoneを閉じて、会話に戻った。  「カラオケ大会の参加、OKしましたので。フローラからは三人出るってことで、いいですね?」

 「うっ、涼子さん仕事早いですね」

 「インターネット時代はスピードが命みたいですね、この 2ヶ月参考書見ながらやってみました けど、ユーストリームとか見ると、スピードが命ですね。すぐに反応しないとあっという間に置いていかれちゃいますね」

 「そうですね、スピード……。あのーでもぶっちゃけ涼子さんとはスピード関係ないですね。 時間がかかるような気がします」

 「あはは、ワタシは当分、一人ですよ。一人が今は好きなんです。新しく恋人作る気力が湧かないです」

 「うーん、まぁまぁ、ワタシもそんなに焦ってないです。でも自分のココロの中に、小さな炎 が消えずに燃えている、そんな言い方します。失礼。」

 「はーい二人とも、シンミリ語ってないで、青島さんのデザインしたホームページ見せて、見せてー!」と桜子がじれたように、声高くいい雰囲気を壊していく。

 「あのー折角しんみりいい感じだったのに、わかいなー高校2年生は」

 「いいから、パソコン!」

 「分かったよ、えーっとじゃあ社長も呼んで来て、見てもらいましょう」

 「社長ー!フローラのホームページ出来たってさー」と桜子が叫ぶ。

 「んんーほうほう、そうか出来たか、早速見てみよう」と奥の事務所から社長も出てきた。真は、試験的にワンダースケープのサイトににテストでアップロードしていた。見てもらって、OKなら、ドメインをとって、商用サイトとしての第一歩を踏み出す予定だ。真はURLをブラウザ に打ち込んでいく。 WEBページが表示された。

 「社長、これです。でもまだ自分もまだまだなんですが、とにかくフローラのイメージを大切にしてみました。ネット通販もやりたいとの意向ですのですが、自分にはそこまではとても作れ ないので、付き合いのあるシステム会社にシステム構築は任せて、デザイン処理だけは私がやろうという計画です」

 「ふんふん、こういう感じか」早瀬社長はマウスでスクロールさせてじっくりホームページを 見ていく。

 「花の種類はたくさんあるので、その辺の一杯ある感じが弱いな、まぁ、最初はこんなものか なとも思う。まぁいいよ、これで行こう」

 「ありがとうございます、それでは、早速ドメインとウェブホスティングを申し込みますね。flora.jpならまだ取れると思いますので、それで行きましょう」「ふーん、青島さんホームページもデザインできるんだ、すごいねー」と桜子。

 「そうそう、南野クンの絵の方、写真にとって、ポートフォリオ作って、出版社に営業に行きたいんだけど、作品はある?」

 「えー、まぁ絵は飽きるほど描きましたから、写真にとるんですか」

 「うん、ポートフォリオって言うのはまぁデザイン業界じゃ作品集って意味かな。それ持って 出版社に営業に行きましょう、フラワーデザインとイラストレーションの二足のわらじでもいいじゃないか、若いんだし、やれるだけやってみよう、応援するから」

 真は自分の及ばない高いレベルにある桜子の才能を出来れば形にしてあげたいという気持ち があった。画家になることに挫折している真は、すでに高校生のレベルを超えた桜子の新しい作 品を見てみたい、という好奇心ももちろんあった。

 「それじゃ、店終わったら、今日、ウチに来て写真撮ってもらえますか」

 「ええっと、そうだね、早いほうがいいかな。写真、デジカメは会社にあるから、ちょっと会社に行ってとって来るね」

 「はい、行ってらっしゃい」と涼子。

 「ちょっと空けます、すぐ戻ります」と言って真はワンダースケープに戻っていった。会社のデジタル一眼レフを借りるためだった。真をフローラの三人は見送った。

 「ふー、いや、人気者は辛いです。絵なんて、ワタシは飽きちゃってるのに。青島さんには負 けました。涼子さんも負けてるのかな。ブログでアレだけラブコールされたら、旦那さんのこと 、忘れられそうですか?」と核心に迫った桜子の言い分だった。涼子はそれを聞いて苦笑いをしながら、外の夕焼け迫った赤い空を見上げた。

 「うーん、まだ忘れられない、けれど引っ張られてる自分も少し居るって感じなの」  「そういうレベルなんだ、じゃぁワタシにもチャンスはあるわけで、勝負ですね」  「はいはい、勝負なんて、ワタシは仕事をモノにするので精一杯よ」

 そこまで聞いていた早瀬社長はニヤリと笑いながら、話をまとめようとした。

 「ふーん、青島君、母性本能をくすぐる顔してるから、磨けばきっとモテモテだろうな。あれ でパソコンオタクで内向きじゃなきゃ、相当な遊び人にもなれるのになぁ、勿体無い。ワシの若 い頃なんざ、花屋ってことでもてたものだよ、ま、オレも口ではなんとでもいえるがな、わはは 」

 「はーい、わかりました」と涼子と桜子はあきれながら、店の片付けを始めた。今日はもう客は来そうになかったのと結婚式場のフラワーアレンジメントの仕事もなかったので、開店休業といった感じだった。青島が戻ってきたのは30分後、大きな三脚とデジタル一眼レフを持ってやってきた。

 「はい、撮影機材持って来ました。じゃぁ南野君、行きましょう」

 「ほんとーにその気なんですね、わかりました。青島さんの情熱に負けます。ワタシの家は北春日部の西口から歩いて 10分くらい。今日はお父さんもいるから、話してみます?証券会社に勤 めながら日曜日に油絵描いてますが、結構売れてます」

 「南野さん、は、自分は知らないけど、プロ作家の人と話すのは初めてです。出来れば自分も アドバイスもらいたいです」

 「それじゃ、社長、今日は青島さんが付き合うってんで、ちょっと早退させていただきます」

 「おう、分かった、おつかれー」

そういうと桜子はフローラの黄色いエプロンを脱ぐと、ロッカーにしまい、手荷物をぶら下げて店を出た。真は後をついっていくように同じく店を出る。出る前に涼子にあいさつをしていった。

 「それじゃ、涼子さん、行ってきます」

 「はい、行ってらっしゃい、ブログになんて書くか、楽しみにしておりますわ、おほほ」と、真の行動をじっくり堪能するようにチェックを入れていた。真は、冷や汗が出るのを感じたが、成り行き任せで女性との交際の枠が広がっていくのを感じた。

  桜子の家は北春日部からちょっと歩いたところにある一軒家で、最近造成された新築の建売だった。真は下心は一切無く、ただ才能を世の中に送り出したら、きっと面白いだろう、という直 感で動いていた。女の子の家に行くのも中学生の頃以来、久しぶりのことだった。やがて家に着くと桜子が案内する。

 「はい、ここがワタシのウチでーす。まぁ入って、入って、早く」

 「はいはい、わかりました、おじゃまします」そういうと三脚とカメラを持って、玄関に入り 、靴を脱いで上がった。

 「おかぁさんー、彼氏連れてきた、どう、ワタシもやるでしょー」と大きな声で桜子の母親を 呼び出した。奥の台所から桜子の母が顔を出した。

 「はいはい、あら、ついに桜子にも男の人できたの?ようこそいらっしゃいました桜子の母の 葉子です」

 真は彼氏と扱われるのが何か違和感があったのだが、桜子のいつものワルふざけだろうと、愛想笑いで対応した。

 「いえ、カレシってわけじゃぁないんですけど、絵の才能に一目ぼれはしていますが」  「まぁまぁ、どうです晩御飯これからなんですけど、一緒にいただいていかれます?」  「はい、桜子さんの絵の写真撮ったら、いただきます。あとそれと、自分も芸大目指して挫折した元画家志望なんですが、旦那様は画家だそうで、その辺で少しお話できたら、って思うんですけど」

 「ええ、主人は画家ですよ、日曜画家ですけど、銀座で個展やったりしてます」

 「青島さん、早くワタシの部屋にきてー」と桜子が二階から大きな声で真を呼び出す。  「今行きまーす」と言って階段を登って桜子の部屋に入ると、部屋に飾ってある数々油絵に驚いた。

 「すげー、やっぱり凄い。合計10点はあるね、早速写真に撮ろう、イーゼルは……、やっぱり あるね。いいイーゼル使ってるな、マーベフの、イタリア製か、オレと同じだ、やっぱり超高校級だよ、キミは」

 「父の指導のおかげなんです、さ、全部で10点、さっさと写真に撮っちゃいましょう」  「オーケー、まず、そこの端っこから撮っていこう、イーゼルに掲げて、三脚をセットします 」そういうと真はイーゼルを垂直に調整し、三脚を立てて、デジタル一眼レフをセットした。部屋の光量が気になったが、撮ったあとPhotoshopで調整すればいいやと思いながら、順に作品を写 真に撮って行った。一通り撮影したら、桜子の机の上が気になった。油絵の具とパレット、筆が散乱してる、いかにも無頓着な芸術家の机に、自分と同類であることを、改めて確認した真だった。

 「よーし、青島さん、全部撮った?終わったら、食事、晩御飯、おなかすいた」

 「はい、じゃぁご馳走になります」そういと二人は階段を下りてダイニングキッチンに向かった。晩御飯はから揚げ。味噌汁、お新香といたってシンプルだったが、から揚げは特製の醤油ダレか掛かってて、とてもおいしそうだった。先に桜子の父と母は食べていた。

 「撮影おわりました?、是非食べてください」と葉子が声を掛ける。

 「はじめまして、桜子の父の南野大造です、今日は撮影って桜子の絵を写真に撮るんですか」

 「はい、ポートフォリオ作って出版社に売り込みたいんです。申し送れましたデザイン 事務 所ワンダースケープのデザイナーの青島真です」「ほう、デザイナーさんですか。どうです娘の絵、かなりなもんでしょ」  「はい、感動的なほど上手いです、ですので、当社でエージェントさせてもらえればと、今日 はポートフォリオの撮影に伺いました」

 「家の娘は、そうですね自分のやってることを見よう見まねで、三歳の頃からデッサンやり始めましてね、ピカソか、お前は、と嬉しいような恥ずかしいような、そんなんで 17年経ちました。自分は日曜画家なんですが、おかげさまで銀座で個展開いて、画廊にも出入りできるようにはなってます。娘には画家を目指して欲しいとは思っていないんですが、フラワーデザイナーって、結局美しいものの好きな血統なのかなぁとか思ってます」

 「そうですね、自分も芸大挫折して趣味で油絵描くくらいなんですけど、才能が世に出るなら それも面白い、ましてや自分が手がけるならって思います」

 「ところで、家の娘と付き合ってるの?そろそろ娘もむずかしい年頃になって来たので、親としてはその辺が気がかりなんですけどね」

 「いえ、付き合いはありませんが、携帯電話で話す程度でして、今後は営業を担当させていただきます。お嬢さんの才能の」

 「ああ、そういうスタンスなんですか。微妙ですね、まいいや、メシ食いましょう」  「はいー」

 「あ、お父さん、ワタシ青島さんのこと好きだから」

 「は」真は食べかけたから揚げを噴出しそうになった。

 「好きだからねぇ。どうします青島さん。いえ親公認でもいいんですよ、娘と付き合いますか?」

 そこまで言われても真は心の中でクビをかしげながら、ちょっと考えて、返事をする。  「いえ、高校生に手を出したら犯罪ですんで、はは、ワタシはビジネスですよー、それにボクには好きな人がいるんです」

 「そうですか、ならしょうがない、だってさ、あきらめろ桜子」とビールを飲みながら大造は 桜子を説得する。

 「いや、あきらめない」とから揚げをほおばりながら、桜子は切り返す。

 「まぁいいや、すきにしろい」

4人はそれぞれに会話をし、盛り上がる。真の芸大受験の話、大造の画廊へのアプローチなど、 真には現役の絵描きの話を聞けて大変刺激になっていった。「よし、自分ももう一回やろう」そんな気持ちになって、南野家をあとにした、帰る頃には、夏の雲の無い空の三日月がきれいな夜だった。


題名 恋心は錯綜する  7月5日

<今日も彼女はそっけない仕草、でも、時間のかかるこの恋は熟成何年になるんだろうか。今日は超高校級の絵の才能を写真に収めた。こちらもじっくり営業して行こうと思う。イラストのエージェントも久しぶりっていうか、当事者になって動くのは初めて。でも負けないさ。今週はツイッターのオフ会もあるから、カラオケでガンガン歌いまくるぞ>


 「それじゃ、これで全員集合かしら、じゃぁカラオケへ行きましょう」と、まとめ役のkasuconさんがリードする。ココは春日部駅西口の交番前だ。今日は土曜日、夜 7時の待ち合わせで、ツイッター仲間が 7人集まった。涼子、桜子、真とあと4人、ツイッターで始めて出会う仲間だった。kasuconさんの主催するWEBページ、春日部コンシェルジェはまだ立ち上げて2ヶ月、情報量はマ ダマダだが、今後大いに発展するかもしれない予感は皆が知っていた。桜子はワクワクしながら 、カラオケ店に向かっている、涼子はいつものおとなしい様子で静かに真のとなりを歩いていた。今日も月夜で満月がキレイだった。春日部の町の喧騒はそれなりに賑わっていたけれど、真は 涼子の顔を見るたびに、心臓がキュッっとなるのを感じていた。さりげない会話をしようと涼子に話しかける。

 「涼子さんはカラオケとかよく行くんですか?」

 「え、アタシですか、そうですねー、店の人とはこらしょで飲んでその後ってあまり無くって 。主人が生きてた頃はたまーに二人で行ってました、高校生の頃の話ですけど」  「そうですか、自分も会社の人とはラウンドアバウトで飲んで、飲んだきりでカラオケは無いんですよね」

 「一人じゃ行けないですし、二人でもあんまり面白くないかも、こうやって大勢で行くのが楽しいですよね、カラオケ」

 涼子は真と話をしていて、自分の中の何かが少しづつ崩れていく変化を感じていた、もしかし たら真を愛してしまうかもしれない、そういう予感を感じていた。涼子の内部は時を経るたびに 複雑さを増していった。今日はオフ会を楽しむ、そう目標を定めて、オフ会にやってきた。

 「はーい、つきました」と kasuconさんが仕切る。

 「入りましょ」と真もあとに続く。

 「7人お願いします、 2時間ね」

 「はい、202号室でお願いします」そういうと店員が202号室へ案内する。ミンナは談笑しなが ら部屋へ入っていって早速、料理、飲み物を注文する。

 一人がカラオケのリモコンを手にコードを打ち込み歌い始める、最近の曲だ。

 「うたいまーす」そういうと歌い始めた、結構上手い。

 真はカラオケのリストを見て、父親の影響で聞いていた、昔のフォークソングを歌ってみることにした。涼子は歌うことはしなくて、にこやかにツイッター仲間の歌声を聞いている、というスタンスだった。やがて飲み物と料理が運ばれてくる。涼子はウーロン茶を飲みながら、ようやくリストを手にして、何を歌うか選び始めた。

 「涼子さんは何を歌うんですか」

 「えっと、どうしようかな」

 「snow_whiteさんって涼子さんって言うんですか。」と初顔合わせのツイッター仲間が話しかけ てきた。

 「ええ、早瀬涼子っていいます。花の店フローラの宣伝担当です、ってそこまではもうご存知ですよね」

 「えーっとそうですね、そうそうフローラのサイト見ましたよ、春日部コンシェルジェにも掲 載するんですか、まだ情報量少ないですからね、発展を楽しみにしていますよ」

 「どうもありがとう」

 「じゃ、歌います」と真の番になって歌い始める。昔のフォークソングだ。

 「あら、この曲しらないわ、でもいい歌ですわね」と涼子。

 「えーっと父親の影響で昔のレコードとかで聞いてた曲です」

 「へー、そうなんですか」

 「南野桜子、歌います」と今までおとなしくしていた桜子が秋葉原に本拠を置くアイドルグループの最新の歌を歌い始めた。

 「うーん、高校生らしい選曲だねぇ」と静かに真が評価する。そうこうしてたら涼子が歌う番になった。涼子の選曲は 3年前に流行った曲だった。やっぱり、涼子の時は2年前で止まってしまっているのかもしれない、と真は選曲を見てそう感じた。愛するものを失う、という経験は真には無いものだった。挫折と言えば芸大入学をあきらめたことくらいで、そのくらいなら毎日死と向き合う経験のある涼子には及ばなかった。そんな風に考えて、涼子に立ち入ることを少し遠慮している真だった。だが、距離を少しでも縮めたいとも思う真だった。

 「snow_whiteさん、フローラの宣伝担当なんですよね、アタシのやってるカスコンに掲載しますか、今ならタダですよ。」と kasuconさんが話しかける

 「えっと、タダなら、載せてください。社長も喜びますので」

 「了解でーす、店舗情報で、アタマに持ってきますから、はーでも立ち上げたばっかりだから認知度がね。 #kasukabeではトップに来ても、まだまだツイッターもユーストリームも発展途上って感じ。でもがんばろうねー」

 「そうですね、がんばりましょう」

 「青島さん、食べて!飲んでー!」と桜子がはちきれた。

 「はいはい」

 カラオケ大会は盛り上がり夜の10時まで皆歌い続けた。お開きになり、皆、それぞれの家路に ついた。フローラの三人は春日部駅西口まで一緒に歩き、そこで分かれた。雲ひとつ無い8月の夜 空の満月はやはりキレイだった。月明かりに涼子の横顔を切なく見て、やっぱり好きなんだこの人のことを自分は、と思う真だった。


題名 カラオケで盛り上がり  8月7日

<今日はツイッター仲間とカラオケオフだ。いとしのキミも、女子高生も交えて、かなり盛り 上がった。でもいとしのキミは2年間時が止まったままなんだって歌を聴きながら思った。時計の 針を動かさなくてはいけないのだが、自分にはどうしたらいいのかは未だ分からない。自分には 愛するものを失うという経験が無いのだ。こうしてブログに書きながら、想像する。想像するくらいしか出来ない。ボクは失って泣いたという経験もない。針の山を登るような気持ちなのだろ うか。分からない。それにしても今日は満月がキレイだった。夏なんだなぁ>


続く

※原文ママ

中島英樹@ブルーアイリス著 フローラの追憶 第一部 第1章 バラ(愛、温かい心)の章

 

 「それでは行ってきます」

 「おう、しっかりな。導入は、今まで一年見てきて分かるだろ、スマートにやって来い」 

「はい、わかりました。頑張ります」

 アシスタントデザイナーの青島真は襟を正して、部屋のドアを開けた。

 仕事を初めて任され、これから打ち合わせに出る。 

 緊張の中、青島はビルの階段を下りていった。

 外に出ると綺麗な青空が広がっていた。春日部駅東口の三階建ての小さなビルの三階に真が所 属するデザイン事務所、ワンダースケープがある。

 「やれやれやっと一年経ったか、まだまだだなぁ」と一人言をつぶやきながら、春日部駅の横断地下道に向けて歩き出す。

 季節は春だ。古利根川の桜吹雪の余韻を感じながら、真は自分の中に沸き立つ絵心を抑えきれないでいた。

 「あー油絵描きたい、いや描かなくちゃ」などと思いながら、程なく横断地下道を潜り抜けて、春日部駅西口に出た。これから何をしに行くか?というと、チラシと WEBデザインの打ち合わ せに出る。店の名前は「花の店フローラ」だ。西口のロータリーを抜けて、春日部郵便局の前 まで歩く。郵便局の向かいにフローラはある。花屋にしてはかなり大きな店で、新規の事業を起こすために、今回チラシとWEBデザインの相談をワンダースケープに入れていた。今日はまずチ ラシの打ち合わせがメインで、 WEBデザインの話は次回になるだろう。

 真はデザインの見習いを始めてから、一年が経つ。去年の今頃は右も左も分からなかったが、アートディレクターの墨田についていろいろなことを教わった。名刺にはdesigner の肩書きがつい ているが、実質アシスタントデザイナーだった。一年経って墨田はそろそろ真をステップアップ させようと、フローラの仕事の打ち合わせに出したのだった。

 程なくして、真はフローラの前に立った。店先の花の並びを見て綺麗だな、と青島は思った。

 「こんにちは、ワンダースケープの青島です。チラシの打ち合わせにやってまいりました」

 店先には女性一名と男性が一名、それぞれにフラワーアレンジメントをやっていて、結構忙しそうだった。

 「ワンダースケープさんですか。チラシの件ですよね。社長は奥にいますので、どうぞ」

 店の奥にはたして社長は机に向かって帳簿を整理しながら、座っていた。

「はじめまして、ワンダースケープ、デザイナーの青島真と申します」

 緊張の中青島はそう挨拶すると、社長が返してきた。

 「お待ちしていましたよ、早速打ち合わせに入りましょう」

 「はい」

 「まずはね、春先のフラワーアレンジメントの売りに出したいのと、花の苗のセール品、ウチは結婚式場にフラワーアレンジメントを納品しているからその辺もチラシに入れたいんだよね」 

 「はい、分かりました」

 「チラシをうつのは随分久しぶりなんだけど、青年会議所で墨田さんと話して、うって見よ うか、って気になってね。それで。」

 社長の外見は多分 50歳くらいに、真には見えた。落ち着いた初老の男性という雰囲気で、人を リラックスさせる何かを持っているように、青島は感じた。

 「なるほど、デザインはどうしましょう。何かサンプルとかはありますか?」

 「うーん、コレといってないんだよね。大体花屋はあんまりチラシうたないからね。デザインは任せるよ。原稿は今考え中で、あとでワンダースケープさんにファックスするからさ」

 「はい、分かりました。ではお待ちしております」

 「チラシの配布日はゴールデンウィークまでには入れたいけど、詳細はまだ固まっていないん だよね。ああ、あととうとうウチもインターネットでホームページで宣伝するか、ということになってきてるので、どうかな、導入の相談にも乗ってくれるかな」

 「はい、ホームページの事を WEBって言い方しますが、WEBデザインもやっていますので、ヨロシクお願いします」

 「ああ、頼むよ。うちらアナログ人間ばっかりでねぇ。ようやく最近テレビをデジタルに変え たばかりでさ。パソコンも使った事無いんだよねぇ」

 「お任せください。あああとになっちゃいましたけど、名刺渡します。青島です。よろしくお願いします」

 「おっと、そうだね、ウチも名刺渡しておこうかね、墨田さんには渡しといたけど、早瀬です」

 「はい、それでは、原稿お待ちしております。それからラフデザイン起こしますので起こしたら持ってきますので」

 「分かった、ファックスするわさ」

 「それでは、これで」

 「ああ、それじゃぁね」

 真は席を立ち、机に広げた参考資料を畳んで鞄に入れ、出口へ向かう。出口を出れば若い女性 がフラワーアレンジメントを男性店員に教わりながら、多分結婚式場に納品するであろうブーケを作っていた。真は足を止め、興味本位で女性の手つきを観察した。その時真は心臓がドキンとなるのを感じた。女性の雰囲気がとても大人びていて、興味の対象がブーケから女性自身へと移っていった。

 「はー」

心の中でため息をつき、女性の顔を眺めている。

 「オトナっぽいなー、オレより年上かな。でも綺麗だな、あの長い髪。いいなー」などと心の中でつぶやき、声を掛けてみようか、と思いついた。

 「うん?涼子に興味があるのかな?」

 うしろから社長が間髪いれずに突っ込みを入れてきた。

 「はぁ、まぁその、長い髪が綺麗ですね」

 「はい?ワタシのことですか?ありがとうございます」

 「紹介すると、私の姪で、早瀬涼子、21歳、今年の春からフラワーデザイナー見習いを始めたんだよね。コネ入社だ」

 「は?オレより年下なんですか?見えないなぁ」

 「まぁわけありでウチで引き取って、仕事してもらう事になったんだよ」

 「早瀬涼子です。はじめまして」

 「ああ、えーーっと青島真です。自分もまだ働き始めて一年で駆け出しです」

 「そうなんですか、花はお好きですか?」

 「好きっていうか、自分絵を描くのが本領なんですけど、美しいものが好きみたいです」

 「そうですか、花はいいですよ、優しい気持ちになれるって言うか。」

 「はぁ。それ結婚式場に下ろすブーケでしょうか?」

 「そうですよ、これで 2回目だけど、なかなか難しいですね、まとめるのって」

 「仕事、がんばってくださいね、それじゃオレはこれで」

 「はい、またでーす」

 真は心臓の鼓動と硬直した自分の心の断裂に気がついた。

 「コレって恋なのかな、恋ってやつか?なんだ、こんな気持ちになったのは初めてだぞ」

 真は 22歳で女と付き合った事が無かった。高校時代は男子校で女子と接触する機会は無かったし、何よりも絵を描くことに夢中で、恋愛やセックスは縁の無いものとして生きてきた。大学受験・一年の浪人の時も女子は傍らにいたが、自分の理想とは程遠かったので、やっぱり絵に没頭していたし、大学をあきらめ専門学校に習っても、女性には関心が無かった。アニメやゲーム やマンガ・インターネットが面白くてしょうがなかった。で、周りはミナ大人の階段を登っていっていたが、真はまだ踊り場でうろうろする、という状況なのだった。

 「あの長い髪、長いほっそりした足、瞳、きれいだったなぁ」などとつぶやきながら、地下道をくぐり、会社のあるビルへ帰ってきた。

 墨田が様子を聞く、やはり一人で打ち合わせに出したのが気になっていたようだ。  「どうだった?はじめての打ち合わせは?」

 「はぁまぁ社長のやってる通りのことをやってきましたよ。原稿は週末までにファクスで送るそうです。デザインはお任せなんですが、なんか逆に不安なんですが」

 「お前の仕事だからな。最後まできっちりやってくれよな」

 「はぁでも花屋って素敵な環境ですね、初めて知りましたよ、フローラ」

 「あそこの社長さんとは青年会議所で知り合ったんだよね。随分昔からやってるみたいだけどウチとは縁が無かったなぁ。花屋でチラシうつのも珍しいしな。ネットもやる気みたいだから、発展すれば面白いことになりそうだけどな。まぁがんばれ」

 「はい、で、とりあえずフローラは原稿待ちだから今日はこれからどうします。レギュラーのページ物の組版でもやりましょうか」

 「おう、そうだな、いつものエロ本の組版が待ってるな。それも任せた、俺はこれから打ち合わせに行ってくるさ。」

 そういうと墨田は鞄を提げて、出て行った。

 「青島クン、花屋で何かあった?、なんか違う。いつもの青島君じゃない!」

 同僚の西園寺恵子が直感的なものの言い方で、真の中に芽生えた恋心を見抜いてきた。どっきりした真は慌てて否定する。

 「いえ、自分はなんでもないですよ、いつもの青島です、いやだなぁ女の勘ですかね」  西園寺と青島はおない年だが、西園寺は高校卒業後すぐに二年制の専門学校に入ったので、キャリアは青島より一年上だ。女に弱い青島はタメ口は聞けずに敬語で話すことが通例になっていた。恵子は仕事は出来る、青島は先輩の実績を観察しながら自分の糧にすることを心がけていた。真は、自分の机に立ち、椅子に座り Macを起動した。

 「さて、明日までに4ページでしたっけか、楽勝ですかねぇ。西園寺さん」

 「そうねー、ウチのルーティン・ワークだから大事にね。それにしても」

 「はい?それにしても、なんでしょうか」

 「なんかいい人見つけたかな?私の直感がそう告げているんだけど」

 「え?はぁ、まぁいい人っていうか、スゲー出会いはありましたよ、正直言って」

 「いい人ね。電話番号とか聞いたりしてる?そんな勇気は無いか。彼女いない暦 22年だっけ。そろそろ何とかしないとね。周りはミンナ大人になってゆくのに」

 「あーまたその話ですか、自分はいいんですよ、いい人いない ……って今日いましたっけが」

 「ほうーどんな人?ワタシよりか魅力的かなぁー?」

 「西園寺さんに話すんですか、なんか調子狂うけどなぁ」

 「なんで、興味あるわ、話してよ」

 「いや、花屋のフラワーデザイナー見習いの 21歳で、ロングヘアが綺麗でしたよ。胸がキュンとなったんですよねー」

 「ふーん、美人だった?」

 「いや、ため息が出るほどの美人でしたよ。でもブーケ作ってる手つきはぎこち無かったですけど。入社してまだ一週間って話だから、まぁねぇ」

 「青島君でも恋に落ちるんだ。ワタシ心配してたのよね。ホモなのかオタクなのか、色恋には 縁が無かった人生でしょ、それじゃやっぱりツマラナイと思うわけね」

 「へーい、へい。すみませんね、男子校だったし、芸大目指してたし、デザイン始めちゃったらMacが面白くなって、女の子には興味なかったんですよね、そんな私ですけどね。さてさてエロ本の割付始めますよ。西園寺さん、いつものカット頼みますよ」

 「はいはい、そうねー私も花屋に興味でたから、次回の打ち合わせには一緒に行くわよ。なん か楽しみ」

 「えー、まいっか」

 真は一抹の不安を感じたが、すぐに仕事に夢中になった。明日は休みだから、久しぶりにキャンパスに向かうつもりだった。絵を描くことは彼には習慣となっているのだった。 そうこうしてるうちに午後8時を回った。雑誌レイアウトはほぼ完了し、データを出版社のサーバーにアップして、ひとまずは仕事は終わった。墨田は打ち合わせから直帰するとの連絡があり、西園寺と青 島は二人で事務所の戸締りをしてから、事務所の電気を消した。鍵をかけ、二人で階段を下りていった。西園寺が陽気な声で青島に話しかける。  「どうだ?今日はいつもの飲み屋で一杯やってくか?」

 「いいですよ、明日は休みですし。金曜の夜か。墨田さんいないからお金掛かるけど、はい」

 「いつもは社長のおごりだからねぇ。よし、行こう」

 春日部駅の東口の高層マンションの裏手に、店主の趣味の園芸で一杯の庭を持つショットバー「ラウンドアバウト」がある。かなり古くからある店で、墨田や西園寺の行きつけの店だ。去年から青島も一緒に飲むようになった。変わっていることといえば電気ブランがメニューにあって、浅草の神谷バーまで行かなくても春日部で電気ブランが飲めることだろうか。

「マスター、電気ブラン二つ、あとチーズ盛り合わせ」

「ほい、ありがとうございます」

 マスターは手馴れた手つきでグラスを用意し電気ブランを注ぎ込む。チーズの盛り合わせも、西園寺の好物だった。出された電気ブランを軽く飲んで西園寺は真の顔を見てニンマリしながら 語りかける。

 「青島真22歳、彼女いない暦も22年、こうしてみると結構いい男なのにね。不思議よねー、彼女どころか恋愛したこと無いっていうのは」

 「はぁまぁその話はいいじゃないですか。そんなこと言ったら西園寺さんだって、彼氏いないんじゃないですか?いいんですか?折角の青春なのに」

 「いーのよあたしは。専門学校で出来ちゃったけど、卒業でなんか会う気力なくなっちゃってさ。相手も仕事が忙しかったみたいでね会わなくなって一年経つけど、あまり気にならない。 自分も仕事が面白かったし、覚えることは山のようにあるし」

 「うん、うん」

 「そういう訳だから、ま、とにかく、モノにしてみなさいよ」

 「どうでしょうね、恋愛したいような、遠くに置いておきたい様な、複雑な気分なんですけどね」

そうつぶやくと、青島は電気ブランを一気に飲み干した。

 「明日は休みだけど、何するの?」

 「そうですね、油絵が自分の生業ですから、油絵でも描いてますよ、後はオートバイの免許取ることですかね、そろそろお金たまったので、高校生からの夢なんですよねぇ」  「今日の事はブログに書くの?結構あなたのブログ楽しみんなんだよね」

 「ええ、そうですね、ま日記ですから、書きます。ほのかな転換点ですからね」

 「ま、いいか、今日は軽く一杯って感じで、月曜からまた頑張りましょう」

 そういうと西園寺は電気ブランを飲み干し、マスターに精算を頼んだ。

 「まぁ、今日も割り勘ですね。はい、わかりました」

 「そういうこと、じゃぁ行こうか」

 二人は店を出て、そこで別れた。


題名 青島真の日記 4月9日

<今日は初めて仕事を任されて、チラシデザインの打ち合わせに花屋に行った。仕事は先輩のやるのを見ていて、まぁ無難に終わった。今日、自分は恋に落ちる、という人生初の感覚を味わったような気がする。髪の長い、とてもキレイなフラワーデザイナー見習いの女性に恋をしたらしい。瞳と瞳が合わさった瞬間のあの胸のドキンとなる感覚は、自分ははじめて体験した。会社の先輩には「モノにしなさい」といわれているが、自分は何をしたらいいのか分からない。とりあえずチラシのデザインを起こそう。なにせお任せなんだから >


 その日、真が帰ったあと、早瀬涼子は、結婚式場に納めるブーケ、テーブルフラワーの作成に苦心していた。この道10年の先輩の熊田が手取り足取り教えていた。この仕事で人生を進んでいくしかない、と涼子は思っていた。そこへ社長がやってきて話かける。  「どうだ?今の男の子、なかなか好男子だったじゃないか。涼子さんもそろそろ次の人生を歩んでみたらいいんじゃないか」と静かに言った。

 涼子はうつむき、顔をこわばらせながら返事をする。声は震えていた。

 「やめてください。今はそんな気にはなれないです。それよりおじさま、フラワーデザイン、 難しいです、今後やっていけるか不安なんですけど」

 「まぁまだ始めて一週間だろうに。慌てる必要はないんだよ、涼子さんはまだ若いし、それより何より何もしていないよりかはマシじゃないか。仕事で一人前になってみようじゃないか。キミの成長を楽しみにしているよ」

 先輩の熊田が合いの手を入れる

 「そうそう、人生前向きにさ。過去に縛られるにはキミはまだ若いんだって思うんだよ」

 熊田は年の頃30代半ばで、いまだ独身だった。ずんぐりとしたカラダで、野暮ったいメガネをかけていた。風采の上がらない感じだったが、フラワーデザイナーとしての腕は一流で、東京のホテルからの仕事のオファーを貰うほどなのだが、何故かフローラに居ついて10年になる。

 「前向きですか。でも ……」

 「人生、ヤマあり谷ありだしね。キミの場合はちょっと特殊だけど、そのうち未来を見るようになるだろうとも思えるけれどねぇ」

 「はい、それより熊田さん、 5時までにテーブルフラワー5組作って、コサージュ作って、ブーケ作ってって、間に合うんですか」

 「あああ、そうだね、早くやんないとね。大事な取引先の仕事だからね、しっかりやらないと って、キミもやるんだよ」

 「はぁ、はい」

 「オアシスを半分に切って、トレイに乗せて 5個並べてくれ」

 オアシスというのは、保水性能の高い花の装飾に使うベースになるスポンジみたいなものだった。熊田は手早くテーブルフラワーをアレンジしていく。その手つきを涼子はじっと見ていた。時間にして 15分で5個のフラワーアレンジメントは完成した。

 「はやーい、それにキレイに出来てますねぇ」と涼子は感嘆した。

 「注文は以上だな、今日納品だから車に積んで、一緒に納品に行こう」

 「はい、了解です。何もかもが初めてで、緊張しますね」

 「始めはみんなそんなものさ、さて行って帰って店じまいだ」

 「二人とも行っておいで、後片付けはオレがやっておくから。帰ってきたら三人でメシでも食 おう。おごるから」

 「はーい、それでは行ってきます」

 「よし、準備がオッケー、行こう」

 二人は配送用の軽トラックに乗り込むと、大通りを出て南へ向かい 2つ目の信号を右に曲がった 。得意先の結婚式場、インペリアルズはフローラから一キロと離れていない。毎日定期でフラワーアレンジメントの仕事をくれる、フローラの大得意だった。

 「さて、納品だ。」

 トラックを降りて、裏手の通用門からトレイに乗せたアレンジメント一式を抱えて、熊田と涼 子は中へ入っていく。警備員が軽く会釈をし、中に入るように手を振って指図している。

 「ほへー、コレが結婚式場……。やっぱり素敵な雰囲気ですね」

 「ま、こうゆうところなんだよ。今度は一人で来るようにね。早く仕事に慣れてもらうよ」

 「はいはい。」

 中ほどに、営業のスーツ姿の社員がいたので、声をかけて、部屋のテーブルにアレンジメント 一式を置いて、熊田が挨拶する。

 「それでは納品いたしましたので、よろしくお願いします」

 「ああ。ありがとうございます」

 「それでは失礼します」

 熊田は軽く挨拶をし、涼子も頭を下げて、そそくさと部屋を出て行った。車に乗ると、熊田はため息をつきながらつぶやく。

 「やれやれ、今日も終わったよー」

 「はい、また明日ですね」

 「社長とメシだ、涼子君、まぁ軽くビールでも飲もうじゃないか」

 「社長がおごってくれるのは、えーと初めてです、なんか特別なことでもあるのかしら」

 「ないない。ああ、でもあるとしたらインターネットで広告を打つという構想がどうもあるらしいから、その辺の話なんじゃないかな」

 「いんたーねっと、ですか。スミマセン私には縁が無かったです。メールも打てないんですよね」

 「あー、そう、メールくらい打てるようじゃなきゃ現代人とはいえないぞ」

 熊田はあきれたようにいいだした。そうこうしてるうちにフローラについた。店のシャッターは下りていて、あとは帰るだけに、社長がやってくれたらしい。

 「さすが社長です。店じまいやっていただきました」

 「はい」

 「社長、ただいま帰りました」

 「おう、ご苦労。じゃ、こらしょで一杯やって刺身でも食おうか。今後のことをちょっと話しておきたいんだよ」

 こらしょとは春日部西口のラブホテルの裏にある、8畳一間の小さな居酒屋だ。涼子は初めて だが、熊田と早瀬社長は常連になっている。フローラからは歩いて5分のところにある。三人は店の鍵を閉めるとつらつらとこらしょに向かって歩いていく。夕暮れの春風が生暖かくて、涼子は気分がよかった。冬を抜けた春の感触を味わいながら、歩いていく。

 こらしょの暖簾をくぐって、三人は入っていく。店に客は居なかった、寂れた店、では無いが 今日は時間的には早かったようで、三人は奥座敷に靴を脱いで上がった。

 「ビール三本とマグロの刺身盛り合わせと焼き鳥盛り合わせ三人前、よろしくだ」

 「かしこまりました」と社長が手早く注文をだした。ビールは早速運ばれてきて、三人は乾杯の体勢に入った。

 「それじゃ、乾杯」

 三人はグラスをぶつけた。熊田はおいしそうにビールを飲んでいた。涼子は酒を飲みなれてい ないので、チビチビと口に含ませる程度の飲み方だ。

 「で、早速の話なんだがね」と社長が切り出す。

 「はい、なんでしょうか」

 「先日、春日部青年会議所に顔を出したんだけどね。みんなインターネットやっててさ、話的はすごい事になってるんだよな。」

 「どんな風に凄いんですか、社長」熊田がビールを飲みながら問いかける。

 「いや、ホームページとかは知ってたんだが、最近マスコミでもやってるのはツイッターとかな、あとテレビ放送が出来る仕組みもあるらしいんだよ」

 「へーツイッターならテレビのドラマで知ってますけど、テレビ放送ってのは知らないですね 」

 「あ、あの私携帯電話持ってないですぅ」涼子が顔をしかめた

 「まぁ聞いてくれ、とりあえず店に光回線引いて、ホームページとツイッターで店の宣伝しようと思うんだ。時代に取り残されるにはフローラはそうじゃないからな。もちろんお洒落な内装 もやった、フラワーデザインも熊田のおかげで高水準だし。売れる要素はあると思うんだ。アレンジメントの通販もやってみようかとか思うんだけどね」

 「はぁ社長がお決めになったことなら従いますよ」と熊田は答えた。

 「まずはチラシでワンダースケープと仲良くなって、まぁあそこの墨田って社長と話しをしたんだけれど、インターネット導入の相談はできるってな。青年会議所で話したよ」 

 「ははぁ今日来た彼が先生になるんですかね」

 「うん、青島君っていったかな。インターネットには詳しいらしいから、また来週チラシのデザインが上がったら、いろいろ相談してみようと思う。涼子さんも携帯電話、そろそろ持たないとな。ウチの看板娘になって欲しいから、ツイッター担当になってもらうよ」

 「エー、私メールも使ったこと無いのにですか」

 「まだ若いんだから、なんとかなる。今時めずらしい、ケータイも持ってないなんてなぁ」

 「はぁ、親が許してくれなかったんですよね。」

 「なにはともあれ、来週、彼が来るのが楽しみですね」

 「うん、5月までには光回線引いて、店先にパソコンを一台置くことにするからね」  「パソコンは高校の授業で習ったので、ホームページ見ることくらいはできます」  「それでいい、オレもパソコンは初めてだけど、みんなやってることだしな」

 「おっと、刺身と焼き鳥が来ましたよ、食べましょう」

 「おう、がっつり食って明日も頑張ろうか」

 三人は、とりとめなく話をしながら食べ、飲んだ。三人とも新しい挑戦にココロが弾んでいることが分かり、なんとなく楽しい気持ちになっていた。程なく全部食べきったあと、三人は店をでて、それぞれの家に帰っていった。


1週間が過ぎた。真はこの一週間、かなり苦しんでフローラのチラシのデザインを完成させた。要 素は全部原稿どおりに入れた。アートディレクターの墨田のディレクションにしたがって、直しもし、自分のアイデアも入れた。参考作品が少ないので、彼の力量にデザインは掛かっていた。

 「墨田さん、フローラのチラシのカンプ、上がりました」

 「よし、出来たか?ちょっと見せてみろ」

 「はい」

 真はプリントアウトされた B5サイズのチラシのカンプを墨田に渡す。どう評価されるか、真は不安だった。初めて主体的に進めた仕事だから、自分自身が問われるような、そんな感覚を持ちながら、カンプを眺めてる墨田の方を見ていた。

 「うん、いいだろう、これで行って見ようか、ディレクションも効いてるし、素直にやってくれて、よかったんじゃないかな」

 OKが出た。青島は、内心ほくそえみながら、カンプを渡されて、机の上に置いた。さて後はやることは一つ、もちろんフローラの社長にカンプを渡すために出かけなければならなかった。

 「青島君、行くの?じゃ約束通り、私も行くからね。ちょっと待ってて、コレちょっとやってから、行くから」

 「はぁ、まぁ待ってますよ」

 「待つのよ」

 西園寺は、マッキントッシュに向かい、ディスカウントストアのチラシの写真の切り抜きをやっていた。コレもルーティーンワークの一つなのだが、単価の安い儲からない仕事だった。

 「よーし、終わったよー、いこういこう。早く青島君のオンナが見てみたい」

 「オンナって、そんなんじゃないですよ。でもときめいたのは事実なのだけれど」

 「いや、ホントに興味あるのよ、ワタシ」

 「それじゃ行きましょう。社長、フローラに一緒に行きます。青島君がいい人見つけたっていうから、ちょっと見てきます」

 「はいはい、行っておいで。そうそう青島、フローラの社長がインターネットの導入で相談 に乗ってくれって言うから、オマエ詳しいだろ、ちょっと話しして面倒見てやってくれないか」

 「はい、分かりました、それじゃ行ってきます。行きましょう西園寺さん」

 「よーし、行こう」

 「ははっ」

 ほどなくして二人はフローラにたどり着いた。週末の金曜日、店にお客は主婦らしい女性が 一人、バラやガーベラを眺めているくらいで、ヒマそうだった。奥では涼子がしっとりとフラワーアレンジメントを練習していた。店頭では熊田がヒマそうにタバコを吸って立っていた。店先 を二人がくぐって、青島が挨拶をする。

 「こんにちは、チラシのカンプお持ちしました」

 「よお、来たかい。奥で社長が待ってるよ」と熊田がタバコをくゆらせながら、奥へ入るよ うに、合図した。西園寺はひそひそ声で真に話す。

 「打ち合わせは行って、ワタシは花を見ているわ。ふーんあの背の高いオンナの人か、ちょっ と話してみるわ」

 「それじゃちょっと社長と話してきます」

 「おっけ」

 真は奥のドアを開けて事務室に入っていく。

 「こんにちは社長さん、チラシのカンプお持ちしましたよ。よければ、来週土曜日にオリコミ入ります。印刷は一ノ割の印刷屋使ってよろしいですか。」

 「どれどれ、見せてみな」

 と言われたのでカンプを社長に手渡した。じっくりカンプを見る社長。

 「うん、いいんじゃないか、折込は来週土曜日に入れるように手配してくれるか」  「はい、なんか追加原稿とか、修正はないですよね」

 「無いな、これでいいよ。あとはもう一つは墨田さんに聞いてると思うけど、インターネットの導入の相談なんだけどね」

 「はい、聞いてますよ。インターネットで広告うつって話で、自分が相談に乗ってやってくれって言われてます」

 「そうそう、」まず何から始めたらいいかな」  「まずはパソコン買って、インターネット回線を開くことから始めては如何でしょう」  「パソコンか、中古で安く買った方がいいかな」

 「うーん、一応最新の OSの方がすっきりしますよ、自分は仕事ではMacというパソコン使って ますが、家でネットやってるのはウィンドウズですけどね」

 「最新かね。どうだろう明日秋葉原に付き合ってくれないだろうか」

 「いいですよ、自分は明日は休みですが、まぁ休みの日は秋葉原をぶらぶらしてるようなヤツ なんで」

 「そうか、頼むよ、それで、回線は光回線がいいって聞いてるけど、どうなの」

 「そうですね、もう時代は光の時代ですから、光、NTTでもKDDIでも、どちらでも。安いの は KDDIです。ギガビットで動画もサクサクですからね」

 「ふーん、じゃぁ KDDIにしてみようかな。パソコン買ったら店頭に置くんだよね。将来はインターネットでフラワーアレンジメントの通販とか、花の苗の販売とかやって見たい」

 「はい、ウチも商用サイトの構築経験は無いので、その時はシステム開発会社が春日部にある ので、その辺で調整取らせていただきます」

 「うん、分かった、じゃぁ明日、 10時に店に来てよ。秋葉原に行こう」

 「分かりました、それではこれにて失礼します」

 そういうと真は事務室を出た。出たところで恵子が涼子と花の話で盛り上がっているのを見かけて、話に入り込んで行った。

 「こんにちは、花の話ですか」と涼子に話しかける。

 「そうです、えーっと名前、早瀬涼子さん?」

 「そうです、えーっと名前、青島真さん」

 「ワタシは、西園寺恵子、会社じゃ青島の先輩でーす」

 「社長から聞いてるんですがインターネットをこの店でやるって本当ですか」

 「本当です。今、社長と話しまして明日秋葉原に行くことになりました、明日パソコン買ってきますよ」

 「ほんとにー、アタシも行きたい。秋葉原。行ったことないんですけど」

 「いいですよ、店は大丈夫ですか?」

 「おおおお、そんならワタシも行く」と西園寺が割り込む。

 「店は、高校生のアルバイトと熊田さんでどうにかなります、高校生でも一年先輩なんです、だから安心です」

 「なるほど、それでは、一緒に行きましょう、明日土曜日十時にココへ来ます」

 「それじゃお待ちしております」

 「じゃ、西園寺さん帰りましょう」

 「ほーい、帰ろうか」

 二人は会釈をして、フローラを後にした。帰る道すがら、恵子は真の脇を突っつきながら、話 を始めた。

 「青島くん、言ってどうかと思うけど、彼女はあきらめた方がいいかもね」

 「なんでですか?いや、まだ彼女にしたいとか、惚れてるとかそういう段階でもないんですが 、胸のときめきは抑えられないけれど」

 「絵描きとしては観察眼が無いわね、キミは」

 「なんで観察眼が無い、という結論になるんですか」

 「彼女の手をよく見てないの?指輪してたよ、ありゃ結婚指輪だよ、早い。21歳で」

 「えっ、結婚してるんですか、そうですか」

 「うーん、性格はおっとりしてていい感じだけどね、背も高いし、顔もかなりキレイ。モデル並だけど、結婚している ……」

 真は恵子の観察眼に驚いたのと同時に、早瀬涼子が既婚者であることに、少なからず動揺した。21歳で結婚している、自分は彼女イナイ歴22年なのに、とも思う。彼女の顔を思い浮かべては 、もしかしたら儚い片思いの恋で終わるのかもしれない予感が青島の胸を痛みとしてさす。二人は事務所へとテクテクと歩いていく。もう昼だ。二人とも空腹に気がつき、顔を見合わせて、同時に言った。

 「なんか食べてこう」

 「あ、やっぱりお腹すきましたよね」

 「ご飯食べに行こう。アタシはラーメンでいいや」

 「自分は餃子定食がいいです。」

 「よし、春来で食べ行きましょう」

 春来とは春日部駅東口の公園通りに面したビルの一階にある、中華料理屋のことだ。真も恵子も事務所の近くにあるので、よく通っていたが、さすがに飽きてきたので、春日部のいろいろな店に行くようになり、最近は通っていなかったが、今日は帰り道で、足も無いから、久しぶりに寄ってみることにした。

 「いらっしゃいませー」と春来の店員が声を掛ける。

 「お久しぶりですね。」

 「はいはい、久しぶりにきましたよ」と恵子が反応する。

 「アタシはラーメン、彼は餃子定食」

 と席に着くなり注文をした。昼時、店は結構な混雑だった。

 「それでね」と恵子は水を飲みながら青島に語りかける。

 「彼女はかなりいいオンナだと思うけど、先約があるみたいだから、深入りするのは傷がつくだけかもよ」

 「はいはい、いや結婚してるんだったら、まぁ、あきらめる。いやあきらめる以前の話なんですけど」

 「他をあたる?」

 「他は今のところ考えられません。彼女みたいな、画家としての自分がひらめく存在ってそうはないですよね」

 「ひらめき、そうバーブラ・ストライサンドの歌にもあるわね。スィートインスピレーション ってか。ワタシの胸はすべりだすの、ソウソウそういう感じなのねぇ、分かるけど」と遠い目を して恵子が語りだした。取り留めなく会話を続ける二人だが、その間にラーメンと餃子定食がや ってきた。二人ともとりあえずは食べることに集中した。食べ終わる頃恵子は明日のことを確認する。

 「明日、一緒に行くことにしたけど、結構、今日はこんな話して気まずいかな?だとしたらごめんね」

 「え、ああ、いや、いいですよ、人生いろいろな出会いがありますよね。彼女と出会ったのも偶然だけど、出会うことで自分のココロに広がりが出来たようにも思うんですよね。彼女が結婚 していても、していなくても、関係ない。彼女を見てると幸せな気持ちになるのですよ」

 「おー、大人なコトバだね。アタシもシングルから脱却するべぇかな。一人身も飽きたわけ。まぁいいか、この話は。話題変えて明日フローラの社長とパソコン買うんでしょ、まさかマック 買わせる気じゃないよね。デザイナーとしてはマックじゃないとダメだけど、ウィンドウズでいいんじゃないの?」

 「ええ、ウィンドウズでいいんじゃないかと。ミンナ使ってるし。自分たちみたいに DTPやってるって言うのは実はそんなにパイが大きいわけじゃないですからね。ウィンドウズだとネットやる分には十分ですから。それにウィンドウズDTPもソフトも揃ってるから、以前みたいにどうしてもマックってわけでもないのが実情ですよね」

 「秋葉原か。墨田さんと去年行ったきりだわね。去年、キーボードか壊れたので、買い替え に行ったきり。アタシはオタクじゃないから、あんまり興味ないのよね。原宿・青山とか代官山が好きだけどねぇ。マコトクンは代官山行ったことないでしょ」

 「代官山は、浪人やってた頃渋谷から迷い込むように行ったことありますよ。なかなか落ち着いたいい街なんじゃないですか」

 「そうかーいったことあるのか」

 「原宿も青山も絵の個展見に行って、それで素通りしたことはありますが、あまり面白いことってなかったです」

 「ふーん、自宅にこもって絵ばかり描いてるオタクちゃんではないわけね、わかったわ。明日 秋葉原の案内、楽しみにしているわよ」

 「まぁ何とかなるでしょう。それにしても午後は今日は、ヒマですね。」

 「ヒマだわよね。でもウチだけじゃないけど、景気はよくないからね」

 「そうだな、自分絵描きとしての名刺作ってみようかと思うんですが」

 「画家としての名刺ね。イラストレーター目指してたんじゃなかったっけ」

 「えー、まぁそうなんですけど、ブログのURLやツイッターのIDやら携帯の番号、教えるのめんどくさいから、名刺にして渡すと手っ取りはやいかなって思ったんです。」  「じゃ、午後は名刺のデザインでもやってれば、ワタシはどうしようかな」

 「何か仕事あるか、墨田さんに聞いてみましょうよ」

 「うん、それじゃ行きましょうか」

二人は店を出て、ワンダースケープへ戻った。

 「ただいま戻りました」

 「どうだった。ネット関連の話はしたか?あそこの早瀬社長に頼まれてるわけだけど、オマエに任せたからな。今日は仕事的にやること無いから、上野に行って営業してくる」

 「ああ、そうですか。じゃぁ今日は個人の名刺作って定時で上がらしてもらいます」  「名刺、個人のか。まぁ確かにオマエはこの会社の枠で収まらないからな、やってみるといいよ」

 「ていうか。女の子に電話番号や携帯のメールアドレス教えるのめんどくさいんですよ」

 「なるほどな。まぁいいよプリンター使って」

 「社長、青島君の彼女、見てきましたよ」と恵子が話に入ってくる。

 「お、そうか、青島も彼女いない歴22年に幕をとじるか?もうそろそろオンナの話が出てもい い頃だとは思ってたけどな」

 「すっごい美人で背が高くて、性格はおっとりしてて、かなり上質でしたよ。青島君にはもっ たいないです」

 「そうなのか、よかったな」

 「でも結婚してるかもしれないので、その辺がわかんないんですけど」

 「おいおい、人妻かよ、青島、アクロバティック過ぎるぜ」

 「イエ、あのーまだ彼女にするとか、しないとか、そういうんじゃないんですけど、話すと胸がドキドキして、幸せな気持ちになるのです」

 「油絵とパソコンが趣味の青島にはいい薬になるかなとは思う、まぁがんばれ。それじゃ、上野に営業に行って来る。またエロ本な。まとまった仕事あるか聞いてくるから。それで新橋で一 杯やってきて直帰するから、あと頼むな」

 「はい分かりました」

 墨田は鞄にポートフォリオを突っ込むと、そそくさと事務所を出て行った。上野のエロ本系出 版社に飛び込み営業にいくのだ。かなりの数の出版社に顔が聞き、アポイントメントがなくても 編集部に遊びに行ける程度に業界の顔だった。

 「さて名刺作ります。10枚位でいいかな。さっと作って明日涼子さんに渡します」  「ふーん、結婚してても渡すのか、不倫?いきなりやる訳ね。ま温かく見守ってみます」  「はい、いや、不倫とかそういうのとか。自分はこの胸の高鳴りの命じるままに動くんです。 もっと彼女に近づきたい、そういう気持ちです」

 「ふーん、まぁいいや、どうなるか、見もの。さてアタシは何しよう。まだ注文来てないけど、来月分のエロ本のカットでもラフ起こしておくかな。明日はゆっくり寝てられないわけだしね 。秋葉原行くから」

 「名刺作ります」

 そういうと真はマックのイラストレーターを立ち上げ、手早く、名刺のデータを作っていく。

入れる要素は名前、ブログのURL、ツイッターのID 携帯のメールアドレス、携帯番号だ。デザイン性は無くてもよかった、もちろん会社の名刺もあるし、暫定的な 10枚を作ればいいと青島は思った。イラストレーターとして自立するときが来るかもしれないと思いながら、名刺のデータを作ったが、この名刺が後で真を悩ませる結果になることは、今の真には思い浮かばなかった。そこにあったのは、名刺を作って涼子に渡す、という思いつきを形にする喜びで一杯だったからだ。

 そうこうしてるうちに時間は過ぎ、定時になったので二人は事務所を閉めて、今日は飲まず に帰った。


題名 仕事の発展があったよ  4月16日

<今日は花屋へカンプの提出をしてきた。気になるあの人は、変わらずに美しかった。仕事では新 機軸の展開があった。花屋にパソコンやネット回線の導入のお手伝いをすることになった。ネットは詳しいけれど、実際、人の環境の世話をするのは今回が初めてだ。明日秋葉原へ花屋の社長 と彼女と同僚でパソコンを買いに行くことにした。それより気になるのは、彼女が結婚してる んじゃないかってこと。自分は気がつかなかったけど、どうも結婚指輪をしているらしい、ので 明日それとなく確認してみようと思う。もし結婚してたらこの気持ちのやり場に困る。でも仕事ではこれからしばらくは顔をあわせることになる。ああ、なんだか切ない今日この頃だ。>


 真と恵子は約束の通り 10時にフローラを訪ねた。店は開店していて、お客はいなかった。奥で 熊田とアルバイトらしき若い女性がオケに水を入れながら店の花の整理をしていた。「おはようございます」

 「よう、来たな。涼子、準備は良いか?行くぞ」 

 「はーい。分かりました」

4人はフローラを出発すると、テクテクと春日部駅西口を目指す。500メートルと離れて ない 距離だから大した時間は掛からなかった。歩きながら社長は真に話しかける。

「今日は 20万円用意した、それで買えるよな」 

 「はい、大丈夫です。昨日の夜にネットで下調べして、 NECの一体型が15万円位なんでそれで 。あと回線は KDDIのauひかりにしようと思います。電話番号控えてあるんで、秋葉原から戻ったら、フローラから電話入れて、回線引きます。1Gbyteの高速回線ですよ、動画もばっちりですよ」

 「ふんふん、動画か、青年会議所で聞いたんだけど、新しくテレビ見たいに見れるサービスがあるそうじゃないか」

 「ユーストリームのことですか。そうですね自分の春日部のツイッター仲間がやってます。といっても視聴者は少ないですけどね。最新のネットサービスですから、まだ一般的じゃないですよね、新しいですけど」

 ネットの話になると俄然張り切る真だった。ツイッターで春日部周辺の付き合いが広がり、二週に一度、ミーティングがあったり、ユーストリームでの放送の話も来ている。真も先端のネッ ト事情に付いていくのが精一杯だが、春日部を盛り上げようという機運には乗ってみたかった。

 「あの、インターネット詳しいんですか?携帯電話はどうですか?」と涼子が問いかける。

 「携帯電話はそんなに詳しくないんだけど、 iPhoneっていうの使ってますよ」  「iPhoneですか。テレビでコマーシャルやってますね。いいんですか?それ」

 「いいか、どうか。ただ最新の携帯電話であることは事実で、結構新し物好きなんですよね」

 「まぁ青島君はオタク趣味全開だからなぁ。携帯なんて話せてメールできればいいのよ」と今まで黙りこんでいた恵子が口をだす。


 「そうですよね、話せてメールできればいいですよね、私、親が変に厳しくて今まで携帯電話 を持ったことが無いんです。それで、仕事始めて親からは離れたので携帯電話持ちたいんですよね」そこまで話して、春日部駅に着いた。

 「おっと切符買わないとね。早瀬さん携帯の話はまた後でゆっくりしましょう。iPhoneは良いですよ」

4人は切符を買い、秋葉原へ向かう。東武伊勢崎線の急行で北千住まで行き、そこで日比谷線に 乗り換える。電車の中では4人は取り留めない世間話をしながら電車に揺られて行った。秋葉原に 到着すると、フローラの二人は新鮮な感動で驚きの声を上げる

 「ほー、ココが秋葉原か、随分昔に来たことはあるけれど、随分変わったなぁ」

 「ワタシは初めて。おいしそうな店の看板が一杯ありますね」

 「まぁココが秋葉原です。でも買い物は、ポイントがもらえる駅前の量販店にしましょう。もちろん興味があるなら秋葉原の奥もご案内しますけど」

 「まずはパソコン買ってからだな、駅前にあるのか便利だな」

 「ココで大抵の買い物は出来ますよ。ポイントも一割付いてお得なんです。自分もココが出来 てからあんまり秋葉原を探検しなくなりましたね」

 「ふむ、まずはパソコンを買おう」

 「それではご案内します」

 「大丈夫なの?まぁ下調べしたっていうなら、それでいいけど」と恵子がつっかかる。  「大丈夫!社長コレです。この一体型がフローラにはベストです!」と真は量販店の一階のパ ソコン売り場で案内する。前夜ネットで調べて、通販や他の販売チャンネルも検討したが、結局 量販店の国産メーカーを推奨することに決めたのだった。

 「ふむふむ、なるほどな、テレビも映るのか、店先にはちょこんと置けそうだな。フラワーア レンジメントのカタログ見せるわけだから、このほうがいいか、よし買おう」  「すみませーん、これくださーい」と真は店員を呼びつける。程なくして、出来上がった荷物を手に早瀬社長はご満悦の様子だった。 4人は量販店をでると、もう昼だった。

 「昼だな、メシ食っていこう、青島君、どこか良い店知らないか」

 「いいか、どうかは分からないけど、万世でステーキなんかいいんじゃないですか」

 「万世か。春日部の16号沿いにもあるな、あの本店か」

 「そうです、そうです。万世橋を渡ってすぐです。見晴らしも良いですし、まぁまぁ美味しいですよ」

 「それじゃそうしよう。涼子はそれでいいかな」

 「はい、いいですよ」

 「恵子さんも肉で構わないですか?」

 「アタシは腹に入ればなんでもいいのよ」

4人は駅の自由通路を抜け、ラジオ会館を通り抜け万世橋を渡り、万世の3階にたどり着いた。席についてみなサーロインステーキセットを注文した。今日は早瀬社長のおごりだった。

 「ふう、買うもの買ったし、店に帰っていじるのが楽しみだよ青島君」

 「そうですか、自分もはじめてパソコン触った時は楽しかったですよ」

 「あのーワタシ、パソコンは高校の授業でちょっと習ったくらいで、よくわかんないです」

 「あら、そうなんですね。ワタシたちデザイナーはもうマックなしじゃ仕事出来ないので、体 の一部のようになっていますよ」と恵子は反応した。

 「青島さん、こんどは携帯電話の買い物に付き合ってくださいね」と涼子は気楽な感じで約束を取り付けた。

 「はい、いいですよ」

 「ああ、涼子にはツイッター担当になってもらうから、携帯電話でツイッターやってもらおう と思ってるんだよ。社命で携帯電話持つことに決定なんだよね」

 「あの、早瀬さんて年齢いくつなんですか。ワタシ、いろいろな人と出会ってきたけど、アナ タほど謎めいて大人っぽい人って初めてなの」と恵子が真と共有していた涼子に対する疑問を問 いかけた。そうすると涼子と早瀬社長は顔を見合わせて、少しクスリと笑いながら、涼子が答えた。

 「21歳です」

 「は? 21歳ですか、随分落ち着いていらっしゃいますねぇ」

 「はぁ、でもワタシはワタシなんですけどね、よく人に驚かれます、でも 21歳なんです」

 「イエ、とても見えない、 21歳には」と真もセキを切ったように言葉を出していった。

 「あのー自分にはとても大事なことなんですが、ご結婚はされているんですか?イエ、西園寺 さんが結婚指輪してるっていうから、どうなのかと、気になってしまってるんです」

 涼子と早瀬社長は顔を見合わせながら今度は少し困ったようにうなずいた。うなずいた後に涼 子は少し気を張りながら凛として答えた

 「結婚はしています、と言うかしていました」

 「えー、やっぱり結婚してるんですかぁ。なんだぁ、そうだったんだ」と真は感嘆した。

 「青島君、正確には結婚してたんだよね。指輪もしている。でももう独身なんだよ」  「は?」と恵子と真は狐につままれたように声を出した。

 「あのー未亡人なんです。ワタシ」

 「未亡人って、じゃぁ旦那さんは亡くなられたの?まだ若いのに、そんな人っているのねぇ」

 「えーっとちょっと話すと高校一年で付き合い始めて、高校卒業と同時に入籍して、結婚して 半年後に主人を亡くしました」

 「えええええ、随分展開が速かったですね。随分勇気がいるわよ、そんな若くに人生決めちゃうなんて」

 「初恋の人だったんですよね。他の事って考えられなかったし、将来何かしたいってココロザシも無かったですし」

 「19歳だとワタシは美大浪人やってて絵ばかり描いてましたけど、そんな人生もあるんですね。ちょっとショックです」

 「もう 2年になる、早いなぁ。説明すると、俺の兄貴は北千住で早瀬生花店ってやってて、まぁ 店頭売りと葬式の生花出してるんだけど、そこの長男、俺の甥な、急性心不全で 19で死んだ。だ から涼子は俺の義理の姪になるんだ。毎日葬式の生花出すのじゃ辛いだろうから春日部で引き取って、フローラで祝いの花のデザインやらせてみようって兄貴と合意したんだよな、早いなもう2年経つ」

 「はぁなるほど、それだけ苦労してるからそんなに大人びてるのねぇ、聞いちゃまずかったかしらゴメンネ。」

 「いいんですよ、カレを亡くしてからは半年くらいは泣いて過ごしましたけど、もう泣ける涙はなくなっちゃうほど泣いたので。春日部で再スタートすることにしました」  「うんっと、じゃぁミンナでステーキたべましょう。社長、帰ったら早速店にパソコン置いてセットアップします。それと KDDIの方に電話入れて光回線手配するようにしますね。涼子さんの携帯電話は来週ララガーデンのソフトバンクで買いましょう、それもお付き合いします」

 真が会話をまとめて4人はステーキを食べた。そして日比谷線に乗り、快速電車で春日部へと帰っていった。帰りの電車の中で真は少なからず動揺していた。相手は未亡人、そんなことってあるのかい、とも思うし、自分の弱点であるところの心理的に成長していない自分を引け目にも感 じた。流れゆく風景の中で、涼子の顔を見るのが切なかった。


題名 恋の相手はオトナだった 4月17日

<今日は花屋さんと秋葉原へ買い物に行った。パソコンは自分のチョイスだったけれど、社長には 気にいって貰ったようだ。ランチは万世でステーキ、社長のおごりでごっつぁんでした。そこでの話は自分には荷が重いような気がする。自分の恋の相手は自分より年下だけど、自分よりはるか先を行く存在だったんだ。追いつくのには何年かかるんだろう、未熟な自分を恥ずかしく思う。来週は携帯電話の購入のお付き合いだ。>


続く

※文章ママ

2025年8月19日火曜日

「青い服を着た文芸部の女の子と、赤い服を着て入院中の男の会話」  作 中島英樹(Blueiris)

 https://megalodon.jp/2019-0921-2304-37/blueiris.jp/


 ふと目を見やると、雲一つ無い青い空が頭上に広がっている。ホリゾンは雲海だったり、大海の様でもあったし、緑の田畑も広がっているような、そんな場所に立っていた。

 俺は先日、アニメ制作会社のスタジオにガソリンを撒いて、チャッカマンで火をつけた。もちろん、火をつけたら逃げるつもりだったが、ガソリンというのは、まき散らして、気化させると想像を超えた爆発力を持つのだな、と自分も火だるまになって、近所の家の呼び鈴を鳴らし、助けを求めた時思った。それから、自分は夢の中にいる。今はだから青い空とホリゾンは青と白と緑が混ざった、そういう場所に居ることは理解している。澄み切った青空の青には俺は何も感じない。赤い色が好きなんだ。オヤジが自殺した現場の、あの血の海の中の赤と同じ。赤は自分に勇気を与えてくれる。今も赤いTシャツとジーンズの出で立ちで、そのあんまり気に入らない場所に立っている。周りに人は居ない。絶望的なほど一人だ。いいんだ、人間なんか。皆燃えてしまえばいい。赤い血を流しながら死ねばいい、そう思っている。ふと気がつくと、向こうから、青い服とネイビーのスカートを履いた、年の頃女子高生と思われる女が歩いてくる。直近2メートルまで近づいて、女はこういうんだ。
「ようこそ、生と死の狭間、あの世とこの世の境目の場所によくおいで下さいましたね」生と死の狭間? ああ、俺は火だるまになって、どうもまだ生きているようだ、これから死ぬのかどうなのか、夢の中だから釈然としない。死ぬなら死ぬで、痛い事や苦しい事から解放されるのだからいいだろう?
「いいえ、あなたは死ぬまで生きなくてはいけないのです。世界最高の外交官・文化親善使節を35人も焼き殺したのだから、罰があるとしたら、死ぬまで生きなくてはいけないのです」そう言われて、俺はむっとした。
「は、オマエみたいな嬢に、俺の苦しみの何がわかるってんだ」
「あー、私はね、常総市の長塚節文学賞に応募するつもりで、『言葉と理由』という小説の構想を練っている最中だった」
「は、常総市、あんなところは、どうでもいい、くだらない田舎だろうがよ」
「『言葉と理由』は常総市水海道と、板東市岩井が舞台の高校の文芸部の物語なの、それをあなたが赤い服を着なければ、快活に小説が書けたってモノを……」
「水海道? 岩井? ああ、確かにどちらも事件を起こしたがね、いいじゃねぇか、あんなくだらない田舎で何やろうと俺の自由だし、世界なんてのは、苦しみと憎悪に満ちているんだ、俺はその具現者だ」
「いいえ、違うわ。世界というものは、豊かで、美しくて、優しいのが本当の世界なの。あなたは生い立ちで、世界の感じ方が赤い色なのよ」
「赤! いい色じゃねぇか。俺は赤い色に勇気をもらうんだ。ガソリンを撒く勇気がでたんだ、それでいいじゃねぇか」
「この世界を見なさい。どこに赤い色が存在すると言うの? たまに赤い花は咲くことはあるけど、それは、この世界の主役の色ではないわ。もし主役になるとしたら、あなたや私の中に流れている血の色だけれど、それは自分の身体を切り刻む位でしか確認出来ない、そういう事よ」
「ああ、そうだ。ガソリンが燃えて建物は赤い火の色に染まった。もちろん、自分の身体も火だるまになって皮膚がただれて、赤い色を見る事になったことに、後悔はしていないが」
「もう一度言うけど、あなたは死ぬまで生きなくてはいけないの。時期は私は知らないけれど、そんなあなたの魂や意識もやがて、この境界線のさらに上のあの青い空の向こうに登っていくのよ。そしてまたこの大地に降りてくる。もっとも人間になって降りてくるかは、それは大宇宙とあなたの存在次第なんだけれどね」
「大宇宙? は、そんな大層な事を言われてもね、俺は俺の恨みを晴らしたかっただけで、そしてそれを実行したまでだ」
「あのね。大宇宙と人間の実存というのは等価なの。大宇宙はすなわちあなたであり、私なの。宇宙のオウムガイって知っている? 大宇宙の構造も、海の中のオウムガイも同じ構造を示すし、宇宙でも地球上でも、安定した形というのは六角形だって事も科学は解明しているわ」
「は、そんな事知ったことか。俺は、俺だ。俺をここまでにした世の中が悪いんだ」
「あなたね、例えば、太陽と惑星って、宇宙に不動のモノだと思っている? 太陽系だって、惑星を引き連れて、太陽系ごと銀河系の中を一定の方角へ向かって移動しているのよ」「は、それがどうした?」
「あなた、火だるまになったとき、痛かったでしょ? 熱いって思ったんでしょ?」
「ああ、確かにな。チャッカマンでさっと火をつけたらさっさと逃げて遠くから燃える様子を眺めたかったけどな」
「もう一度言うわ、あなたは死ぬまで生きなくてはいけないの。どうもまだ、あなたは、ココよりさらに高い、あの青空の向こうには行かないようね、それでは、ここまで、次ぎにあなたが目を開けたら、目の前には何が見えるかしらね、それじゃ、さようなら、意識の交流はここまでよ。あとは現実が待っているわ」
 ふと目を開ける気になった。つまり夢の世界から、現実へと戻った様だ。今はまだ目を閉じているが、目を開けたら、何が見えるか。身体は動かない。瞼だけが自分の思い通りになる。そうして俺は目を開けた。
 目の前に広がったのは、病院の、白い天井と、蛍光灯の明かりだけだった。もちろん俺の嫌いな青い空は見えない。好きな赤い色も見当たらない。折角瞼が開けられたのだから、しばらく、その病院の天井を見ていた。遠くから、声が聞こえる。
「どうも、意識がまた強く戻って瞼を長時間目を開けたようです」
「その程度じゃ、まだ逮捕状の執行は無理だろう、やるせないな、こんな仕事しなくちゃいけないのか」
「職務ですから」
「ああ、くそっ」
 小気味いい言葉を聞いて俺は満足した。また少し眠ろうか、今度は赤い色に囲まれた世界の夢を見たい。全身からチクチクした痛みが沸き起こるが、俺は瞼を閉じた。大好きな赤い色の夢見るまで、目を開けるのはよそうと思った。

 了 2019/08/02

☆創作とはあまり関係ない雑談スレ191☆

 https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/bun/1536207015/ 97: 名無し物書き@推敲中?  2018/09/12(水) 18:41:12.33  >>93 今週も土曜日になると春日部兄貴は出てくるかな? 平日は仕事があ...