「涼子さん、それじゃ行きましょうか、身分証は持ってますよね」
「はい、免許証 ……」
「最新のiPhone4ですからね、時代の最先端ですよ、いいなぁ、自分も新しいの欲しいですけど、まだ分割払いが残ってて」
そういうと真と涼子はララガーデンを目指して歩いて行く。今日はかねてからの約束だった携帯電話の買い物に付き合う真だった。もちろん会社の命令で涼子が持つのを知っているし、それ
でも自分と同じiPhone仲間が出来るのは、純粋に真には楽しい作業だった。
「iPhone4ですか、3とかあるんですか」
「まぁまぁ、新しい方が性能良いですから、それで。いや、嬉しいな、iPhone仲間が増えるのは。会社の西園寺さんはWillcomeってPHS使ってますけどね、安いからってねぇ」 「ワタシも安い方が良いんですけど」
「涼子さんの場合、他にネットやってたり固定電話持って無いわけだから、月々6千円は安いと思います」
「社長にはツイッター担当って言われてるのですけれど、何を始めたらよいのか分からないです」
「まま、いじってる内に覚えますよ。ツイッターは最初はつぶやいても誰も見ないんですけど 、フォローとフォロワーの数が増えるとコミュニケーションの頻度が上がって面白くなります。春日部はツイッターで凄い盛り上がりになってますよ。一月に二回オフ会とかありますよ」
「オフ会ってなんですか?」
「オフはオフラインの略で、ネットを離れて実際にあってみることです」
二人はかなり大きな声でララガーデンに歩いていく。建物に入ってエスカレーターを上がればすぐにソフトバンクのショップがある。二人はいろいろと話しながら、さっとiPhone4を購入した 。二人はショップの向かいのマクドナルドで軽く食べながら、今後のことを話す。
「自分もツイッターやってるんですが、春日部のくくりで話すると凄い勢いでミンナ反応するんですよね、ユーストリームって言うテレビ放映やら、春日部オンラインっていう WEBとか、まぁ春日部は熱いですよ」
「ユーストリームって言うテレビですか、パソコンでテレビやるんですか」
「ええ、春日部のグルメ情報とかそういうのを流せないか?って実験放送やってたりしますよ 」
「へー、フローラの宣伝にもなるかしら、ワタシ出たら」
「面白いですね、涼子さんはかなりの美人だから、受けると思います、ただ、まぁまだ自分もユーストリームは使いこなしていないので、教える範囲はブログを読むこと、WEBの検索、パ ソコンでのツイッター、iPhoneでのツイッターなんかですかね」
「ふーん、帰ったら店のパソコンとつなげてくださいって言ってましたね、早速やってみましょう」
「そうですね、そうそう、IDやメールアドレスっていってメールするには名前が必要です。自分にいいアイデアがあるんですよ。」
「へー名前をつけるんですか、どんな名前ですか?」
「白雪姫みたいだから、snow whiteってどうですか」
「白雪姫……、なんかむずがゆくなっちゃいます」
「自分、ネーミングのセンスあるとおもっとります。いいでしょsnow white」
「はぁ、わかりました」
「それじゃ店に戻ってセットアップしましょう」
二人はようようとフローラに帰り、社長に報告した。
「社長、iphone買いましたよ」
「おう、そうか、やっと涼子も現代人だな」
「そんなに携帯電話持ってないって重要なことかしら、まぁいいんですけどね」
「涼子さん携帯やっと買ったんですね」と店の奥からデンファレを抱えた女の子が出てきて、 涼子に話しかけた
「桜子、とうとう買ったわ。早速番号交換しよっか」
「はじめまして、いや、はじめてじゃないかな、先週も店にいたよね」と真が女の子に話しかける。
「こんにちは、南野桜子です。高校2年生、ここでバイト始めて一年です。涼子さんより仕事はできますよーん、きゃはは」
「確かにワタシより仕事できるのよね、それは認めるわ」
「そうなんですか、自分は青島です、アルバイト、学校は?勉強とか大丈夫?」
「勉強はそこそこ頑張ってます。部活は美術部、やっぱりそこそこやってます」
「美術部なの!自分も美術部でした。高校の頃は油絵ばかり描いてました」
「女子高で美術部で一応去年は県展に入選しましたよ、でもワタシは油絵よりフラワーアレンジメントの方が面白いんです。将来はフラワーデザイナーかな、やっぱし」
「ワタシも桜子に教わるほうが多いです」
南野桜子は肩まで伸びた髪をリボンでまとめて、フローラの黄色いエプロンをつけていた。顔 立ちはきれいで、しかしまだ幼さの残る様子だった。真は美術部ということに興味が湧いたが、「高校生は恋愛対象じゃないなぁ」と思いながら、パソコンのセットアップをしていた。パソコンをいじりながらふと思いついたのは、兼ねてから作ってあった、自分の携帯電話やブログなど のアドレスを載せた個人の名刺を渡すことだった。
「あの、名刺を二人に渡します。個人の名刺なんですけど、携帯番号やメールアドレスやらツイッターのIDなんかあるんで、よかったら番号交換しましょうか」
「いいですよー、へーツイッターやってるんですか」
「前は個人で趣味っぽくやってたけど、フローラの宣伝展開で仕事にも使えるかなって感じです。」
と言って名刺を二人に手渡した。
「ブログもやってるんですね、みてみます。」
「よろしくね、まだ、リアルで反応って無いんで、出来れば感想やコメント返してくれると励みになるんだけど」
「そうですね、今度、高校の文化祭があるんですけど来ませんか、私の絵も見て欲しいです」
「文化祭ね。時間あったら行ってみようかな」
「お待ちしております、詳しい日程は後でメールいれます」
「それじゃワタシの携帯もメール打てるようになったんですか」
「ああ、大丈夫ですよ、snow_whiteでソフトバンクで、オッケーです」 真は自分のiPhoneに涼子の携帯番号とメールアドレスを登録した。これで、少し彼女との距離が近 くなるかな、という予感で胸が一杯になった。 「青島君どうだ?今日はこらしょでミンナで飲まないか?今後のこととか、ちょっと飲みながら話そうよ」と早瀬社長が声を掛ける。
「はい、いいですよ」
「わーアタシも行きたい、飲めないから食べる」と桜子が声を上げた。
「ああ、いいよ、ジュースで我慢しろよ」
程なくして、店は閉店の時間になった。みんなで閉店作業を終えると、こらしょへ向かった。桜子ははしゃぎ、涼子はおとなしく歩いていった。熊田は退屈そうだった。
「青島君、彼女とかいるの?」と熊田は退屈しのぎに話しかける。
「いえ、いないんですけど、はぁ」
「まぁいいかな、つまんない事聞いたね、ごめんね」
「それより熊田さんが花屋勤めて何年ですか、キャリア 10年くらいですか?」
「うーん、いやまだ8年くらい、大学でて2年間はサラリーマンやってたよ。でもなんかつまんなくてさ、花屋で花をいじってるの見て、面白そうでこの世界はいったよ」
「そうですか、自分はデザインやってますけど、本当は画家になりたかったっていうか、まだ あきらめてないんですけど、絵で食うにはまだ無理みたいですね」
「絵で食うか。結構大変だよな、まぁ頑張れよ」
「はい」
程なくしてこらしょについたみんなはそれぞろ好きなものを注文した。まずはミンナでビールだった。
「それじゃ、フローラの発展を願って乾杯」
「かんぱーい」
「いやー一仕事終わったあとのビールはいいよね」
「そうですね」と青島が相槌をうった。
「今後はどうする?とりあえずパソコンと光回線と携帯電話は持ったけど」と社長が切り出す。
「まずはホームページ作って、ツイッターで宣伝しましょう。ツイッターで春日部だと今、凄い盛り上がりですから、その辺で面白くなりそうですよ。月に二回会合もありますし、ユーストリームで放送もありますが、まだ認知度が低いです。まずはホームページを作りましょう」
「なるほどな。まぁツイッターは涼子に任せてあるからな」
「はーい分かってます。やっと携帯電話持てたし、うれしいです」
「ねー携帯電話持ててよかったですね。ワタシはもう飽きちゃってるけど、携帯なんて、メールが出来て話せればいいって思うけどぉ」と桜子が冷めた様子で話す。
「まぁいいや、飲もう」と社長はビールをグイッっと飲み干していく。宴もたけなわで 真も大分飲んで酔いが回って、気分は大きくなった。ふと見ると涼子の横顔が美しい。思わず口に出てしまう言葉があった。
「涼子さん、キレイですね。自分、涼子さんのことが好きです」
涼子は飲みかけたビールをゴクリと飲み干すと、動揺していた。
「あ、あのー、ワタシ、未亡人ですよ」
「そんなこと関係ない、自分は涼子さんのことが好きなんです」
桜子がちゃちゃいれをする。
「あれれ、酔った勢いで告白するんだ、いいなー、じゃぁアタシもコクっちゃう。青島さーん 、ワタシと付き合ってぇ。きゃはは」
「はい?」真は真に受けてしまい返事に困った。返事に困ったのは涼子も同じだった。いまだ夫のことは忘れられないし、死者に囚われていては前進は無いのだけれど、涼子は泣いて暮らした半年間の心の傷はまだ癒えていなかった。
「ワタシ、新しい人ってまだ探せません、フラワーデザイナーの仕事も半人前だし、まだまだ恋愛って気分じゃないんです」
「まぁそういうなよ、涼子さん、過去は踏み越えて前に進むほうがいいんじゃないかなぁ」と熊田が諭す。
「ココロの傷ってあると思うんです。傷はざっくり深くワタシの中に横たわっていて、それを 埋めるには時間がいると思うんです」
「わかりました、自分もそんなに焦らないです。自分は 22年間彼女無しなんですが、まぁ焦ってもいいことなさそうですね、涼子さんには。でも涼子さんを見ていると幸せな気持ちになれるんです。」
「ふむふむ、まぁ青島君とは長い付き合いになると思うし、ギクシャクせずに、また来週、ネット関係のことを教えてくれるようにね。」
その晩、飲み会は10時まで続いたが、桜子を遅くまで拘束するのはまずかろうという社長の判断で、こらしょで終了し2次会はなかった。真はかなり酔ったが、涼子の前で醜態は見せられないという気持ちの張りは残していたので、店の前で別れた後、ゆっくり春日部駅西口まで歩いて、タクシーで帰った。その日はブログの更新はしなかったが、日曜日、二日酔いの頭でブログの更新をした。今までほとんど誰も見ることの無かったブログだが、今日からはフローラの面々が 店でブログを見ることになるので、慎重に内容を決めて書いていった。
題名 告白しちゃったよ 4月25日
<昨日、花屋の人たちと飲んで、酔った勢いで彼女に告白してしまった。断られたけど、あきらめるって言うよりは、この恋はペースを落として、気長に成長を待つ、そういうタイプの恋になるんだろう。でもこの気持ちの高鳴りは抑えられない。抑えられないけど、彼女を想うエネルギーは創作の原動力になりそうだ。イメージがたくさん湧いてくる。女性はセンスをインスピレーションを与えてくれる。それはさておき、金がたまったから、高校生の頃から夢だった、オートバイの免許を取ろうと思う。午後から教習所に行って、申し込みをしてくる。ヘルメットやブーツを買わないといけない。まぁ急がないさ、時間は沢山あることだし >
「そうそう、そうです。大分タッチに慣れてきましたね」と真は涼子に iPhoneでのツイッターの講習を行っていた。告白から一週間、涼子との距離は縮まらないかったが、ギクシャクしたものでもなく、涼子はオトナの女の対応をしていた。そのおっとりした性格が真は好きだった。不安が ないのだ。美大浪人をやっていた頃や専門学校生のころ、同級生にたくさん女の子は居たが、真はその成熟してない女性群には囚われなかった。だから彼女いない歴は22年なのだったが。
< snowwhite みなさん初めまして。花の店フローラです。ツイッター担当のsnow_whiteがお送りし ます。 #kasukabe>
「ってこんな感じでよいですか?青島さん
「んーそうですね、とにかくフォロワーを増やしましょう。フォロワーが増えれば、コミュニケーションの濃度が上がって面白くなりますよ」
< sakurako_m はーい、snowさん、やっとツイッターデビューですね、それより青島さんはそこに居るかしら?今日が文化祭だって言ってください!>
「あー、やべえ、今日は女子高の文化祭だっけ。」
真は慌てて自分の iPhoneを取り出して、桜子に電話をかける。電話よりメールの使用頻度が高い真だったが、緊急なので電話をかけた。
「ごめんなさい、今行きます。30分で行くから」
「それじゃ 30分たったら門の前に立ってますから、声かけて下さいね」
「はーい」
電話を切った真は涼子に文化祭の旨を伝えて、店の自転車を借りることにした。自転車なら15分でいける距離だった。
「あらあら、それじゃ行ってらっしゃい。ワタシはもう少しツイッターで遊んで見ることにします」
「よろしくお願いします。南野君の油絵見たら帰ってきますので」
「わかりました」
そう会話を閉じると真は自転車に乗って西口のパチンコ屋の角を曲がって地下通路を通って東 口に出た。高校はそこから少しある。快調に自転車を転がして、真は、好奇心で一杯だった。男子校だった真は女子高というのは初めてで、縁の無いものかなぁと思っていたのだった。国道4号を渡り、交差点から 800メートルのところに女子高はあった。門の前で桜子が腕組みしながら、制服でつったっていた。
「青島さん、やっときたかぁ」
「ごめんねー、ツイッターの授業に夢中になっちゃって」
「いいですから、自転車は自転車置き場に置いて、あ、これは文化祭のパンフ。美術部だけじゃなくていろいろ見てってください。喫茶店もやってます」
「はい、しかし自分あれですよ、女子高は初めてで、なんか興奮します」
「さーワタシはそんなに変わったことも無く女子高生やってますけどね」
真は桜子に連れられるままに玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替えた。美術部は玄関のある 2階にあるそうで、今時の女子高生はどんな絵を描くのかに関心がある真は、勇んで美術室に入っていった。美術室に入ると、自分には慣れた油絵の具の匂いや石膏や粘土の匂いなど、懐かしい香りで真は嬉しかった。
「はい、アタシの油絵、F30号でーす、去年県展の入選作です」と言われて、真はその絵を見た。上手い!上手すぎる、と真は思った。自分の高校生の頃の作風と記憶の中で比較して、真は驚いた。その絵は女性と花で構成されていて、その描写力は他の美
術部のメンバーの作品と比べると、遥かに高いレベルでまとまっていた。17歳でこれだけ描けるのは天才じゃないか、と真は驚いた。思わず声にでる。
「上手い、これだけ描ければ、芸大も遠くないじゃないか」
「えへへ、上手いでしょ、エヘン。種明かしするとアタシの父は兼業画家なの。子供頃から絵 筆握ってて、油絵は飽きるほど描きました。でもワタシ芸大とか行く気はあまり無いです。就職も難しいみたいだし、学芸員なんかなってみたいって思ってるけど、このままフローラに就職してフラワーデザイナーになってもいいかなって思ってる。はい、ワタシの絵についてはこの位にして、美術部のミンナの絵も見てね、その後はお茶屋でお茶しましょう」
「なんか、自分、ショック百万倍なんだけどなぁ。」真は桜子の才能に、自分が負けているこ とを感じて、何か居心地の悪さを自分の中で膨らませていた。その後、真は美術部の、それなりの作品を見て、ほほえましく思った。そこにはモノツクリの楽しさが伝わって、上手い下手より 、若い情熱のかけらを見出して、自分の糧にしようと、眺めていった。
やがて、一般教室の御茶屋で桜子とお茶を飲みながら、高校生活のことや、将来のことをおしゃべりした。そこでやっぱり話題に出たのは、恋のこと。真は涼子に告白して桜子もそれを目撃していたわけだから、それでもやっぱり桜子はチャチャを入れてきた。 「涼子さんはむずかしーですよ。ワタシなら簡単。何もないですから。純粋な女子高生ですからー。ワタシを選んで、きゃはは」
「うーん埼玉じゃ 18歳未満に手を出したら犯罪なのだよ、その辺わかってください」 「ばれなければいいじゃないですか、親にも内緒にしておきますから、なんて」
「うーん。いややっぱり南野君は恋愛対象じゃないっすよ。ごめんね」
「あちゃーふられた、ワタシ、でもあきらめません、なんて。きゃはは」
桜子がホンキなのかふざけているのかも、真にはよく分からなかった、一つ言えることは図抜けた才能の持ち主がフローラで土日はアルバイトしているってことだった。ワンダースケープはイラストレーターの外注をやっているので、桜子に仕事出したら面白いんじゃないだろうか、とも思った。ともあれ、初めての女子高の見学は真には有意義なものになった。祭りの余韻に浸るまでもなく、フローラに戻って、涼子がツイッターの勉強をしているかどうか、が気になっていた。
「南野君、今日は楽しかったよ、ありがとう。今日はフローラには来ないのかな?」 「今日は最後まで居て、美術室の展示の片づけやらなにやらでフローラには行けないです。今日はお休みです。明日は出勤します。青島さんは明日もフローラで授業ですか?」 「いや、日曜日は自動二輪の免許取るんで、教習所にいきますよ」
「バイクに乗るの!カッコイイ、アタシも乗りたいっていうか、乗せてくださいってのも校則でだめか、しょほほ」
「タンデムは一年間禁止だったような気がする。高校生は乗せられません。一人で風を感じたくてのるんです。高校生の頃憧れてようやく金が貯まったので免許とるですよ。バイク買う金はまだ無いけど中古で 250ccなら安く買えるからローンでも組むよ」
「ふーん、まぁ頑張ってくださいねぇ」
「それじゃフローラに戻ります。またね」そういうと真は自転車にまたがりフローラへ帰っていった。涼子が iPhoneを持って待ってるいる。義務感がもたげて、でもふと、「オレは何をやっているのだろう、金にもならないのになぁ」とも思った。でも、情熱が真を動かしていた。
題名 凄い才能を発見した 5月1日
<今日は女子高の文化祭を見に行った。美術部の Sさんの招待だった。Sさんの絵はずば抜けて上 手かった。自分の自信がなくなるくらいに若さと才能がある。自分の会社はイラストのエージェ ントもやってるわけだから、その辺で、この才能をすくい上げることは出来ないものか真剣に考える。今日はツイッターの授業は上手くいった。明日は教習所だし。自分もそろそろ公募に向けて油絵描こうか、考えるところ>
季節は巡っていく。フローラにパソコンが導入されてから、2ヶ月が経った。7月の日差しは夏の強さに、街は陽炎のように揺らめく。
真は北春日部にある自動車教習場の玄関に立っていた。オートバイに乗りたいという気持ちは 高校生の頃からあった。中学の同級生はバイク乗りたさに栃木県の高校まで通った、なんていう話も聞いている。それでも高校生の頃は油絵に夢中だったが、街を走るオートバイやコンビニの 雑誌売り場のバイク雑誌を立ち読みするたびにバイクに乗りたいという願望が沸いていた。就職して一年経ち、貯金もまぁまぁ出来たので、バイクの免許を取ろうと決意したのは4月のはじめ、 フローラとの付き合いが出来てからだった。週に一回、日曜日に教習所に通うのは真にはいい気 分転換になっていた。今日も午前中から来て一回目の教習を終えて一服していたところだ。ボンヤリしていると、脇をヘルメットを持ってブーツを履いた若い女性が脇をすり抜けていく。先週も真は見かけた。
「あ、こんにちは、先週もいっらっしゃいましたよね」
「は?あ、そうですか。」と女性はちょっと驚いたように返事をした。
「女性でバイクの免許とる人って珍しいと思って」
「そうですね、仕事も順調で前々からバイクには乗りたいと思って、やっと始めましたけど」
「そうですか、自分も高校生の頃から免許欲しかったんですが、進学や就職で後回しにしていて、やっと教習所に通い始めました」
「父親がバイク乗ってて子供の頃よく後ろに乗せてもらった影響が大きかったです。あらもう 時間です、教習受けないと、ささ、行きましょう」
「あー終わったら、お茶でもいかがですか」と真はとっさに言葉に出してしまった。女性を誘うなんてことは真は一回もやったことが無いが、女性の容姿に引かれて、誘ってしまった。
「いいですよ、いい喫茶店知ってますから、そこでコーヒーでも飲みましょうか。どうせヒマですからねぇ」
「はい、お願いします」
そういうと二人は教習所の中に入って行った。2時間の教習を終えて二人が出てきたのはちょうど昼くらい。夏の太陽は容赦なく輝いていた。入り口で真は女性を待つ。
「お待たせしました、行きましょうか。私車で通ってるんで、どうですか、車で来たんですか?」
「いえ、電車で歩いてきたんで、喫茶店まで乗せてもらえますか」
「ふーん、車は持ってないんですね」
「親の車借りて乗る程度であんまり必要がないので、お金もそんなにないし」
「そうね、自己紹介すると、私は北川理子っていいます、アナタの名前は?」
「青島、青島真って言います。いい喫茶店ってどこですか?自分春日部のうまい店には興味 あるって言うか、ちょっとツイッターの繋がりで、春日部のうまい店を探してるんです」
「大沼の夕暮れ楽団って喫茶店ですよ、最近出来たばかりでコーヒーが美味しいです」 「夕暮れ楽団ですか、知らないなぁ」
「まぁまぁ、行って飲んでみれば良いですよ。美味しいですから。車はこっち」
真は駐車場に案内されて理子の車に乗った。 BMWだった、その車で、若いのに高級車に乗る理 子の境遇を想像した。車で国道 16号に出て、線路を越えて、バイクショップののある交差点を左 に曲がった。大沼公園の脇を抜け、武道館の横に喫茶店、夕暮れ楽団がある。車の中では二人は
取り留めなく春日部の話をしていた。喫茶店に着くと、二人はテーブルに座り、真は本日のコ ーヒーを、理子はキリマンジャロとケーキを頼んだ。二人の会話はギクシャクしながら、話すうちにスムーズになっていく。
「ワタシの職業はフライトアテンダント、スチュワーデスやってます。大学卒業してすんなり 希望の職に就けてラッキーです。もう一年、国内線の仕事やってて、そろそろ国際線に移るかどうかって感じなんで、そうなるとかなり忙しくなるから、バイクの免許取るヒマなくなりそうだから慌てて来たって感じなんですよね」
「スチュワーデスですか。自分には知らない世界です。自分は春日部のワンダースケープって言うデザイン事務所でデザイナー見習いです、そろそろ見習いがとれるかな。えーっと名刺渡します。会社のと、個人の名刺 2枚……」
そういうと真は財布から会社の名刺と個人の名刺を理子に渡した。
「はいはい、そうかー名刺2枚ですか」と理子は名刺をしげしげ眺めて言った
「あ、ブログやツイッターやってらっしゃるんですね。ふーん、アタシはブログもツイッターもやってないんですが、今度見てみます。ああ、あっとそれじゃ、アタシの携帯の番号とメールアドレス、欲しい?」
「え、番号交換ですか、いいんですか」
「いいですよー。はいプロフィール」そういうと理子は携帯電話のプロフィールを表示させて真に渡した。真は iPhoneを取り出し、アドレス帳に名前と電話番号とメールアドレスを登録した。 二人の会話は続いていく。
「アタシは、今は親元で暮らしてるから、生活に困ることは無いのだけれど、国際線乗務に移 動になったら、東京に出て一人暮らししないと間に合わないかもしれないのよ」 「東京に引っ越すんですか。自分も親元なんですが、就職が春日部で決まったから、親元離れることはないけど一人暮らしはしてみたいけど、家賃払うより貯金していた方がいいかなって思 います」
「青島さん、年いくつ?ワタシとそんなに違わないでしょう?」
「22歳です。北川さんは大学出て一年てことは23歳ですか、自分よりイッコ上ですね」 「まーそうゆうことになるわね、ワタシはそうね、年下にはあまり興味が湧かなかったけど、青島さんは別ねー」
そこまで聞いて真の直感は涼子に出会ったとき時の感触と似たものを感じていた。恋になってしまうかもしれない。真は涼子の顔を思い出しながら、内心戸惑いながらコーヒーをすすった。
「ワタシは今のところ彼らしい人は居ないわ。大学のとき付き合ってた人は居たけど卒業で離 れちゃうと、ワタシも仕事が忙しかったし、自然消滅って感じ」
「自分はえーっと、恥ずかしながら彼女いない歴 22年ですが、この春に片思いの女性は見つけ たけど、どうなるか、ちょっと難しい相手なんで」
「そっかー童貞かー、まぁ人それぞれだからいいんじゃないの、片思いで難しいって、どうい うのか興味あるわね」
「いえ、あのー 21歳で結婚してて、未亡人っていう」
「あらら、それは大変。一筋縄ではいかなさそうね」
「そうなんですよねー、っていうか、この恋は時間が掛かる、という直感があります。人を亡 くした心境っていうのは自分は分からないんですけど」
「そうね、でも結局彼女いない訳なのね」というと理子はコーヒーを飲みケーキをつまんだ。
「バイクの免許取ったら、ツーリングに行かない?」と理子は話題を切り替えてきた。 「ツーリングですか、いいですよ。自分は千葉の海とか見に行きたいですね」
「千葉の海か、いいわね、銚子、館山、九十九里をまっすぐ南に向かうルートはいいわね。考 えてみるわ」
「高校生の時、思いついて千葉県を電車で一周したんですよ。千葉に出て館山で一泊して電車で銚子まで、銚子から成田経由で帰ってきたって旅行したことがあります。夏の海はとてもきれ いでした」
「おーそうね、夏の海ね、バイクはどうするの、買うの?借りるの」
「バイク、は、オーソドックスなのがいいですよね。ネットで検索してVT250SPADAの中古が 20万位でありましたから東京のバイクショップでローンで買おうかと思って」 「そう、自分はお金あるけど、今はまだいいから父親の借りるわ、父はKawasakiのZZR400に乗っているの」
「ふーんツアラーですね」
「だって自分の欲しいのは YAMAHAのR1だもの、大型とらないと乗れないし」
「大型もとるんですか」
「とるわよーどうせならとことん」
「いや、自分も HONDAのCBR600RRがいいかなって思うんですけど、とりあえずは中古で250ccでいいやって思ってます」
「そう、じゃぁ秋口にツーリングってことで。そろそろ行きましょうか。そうそうブログ読んでおくわよ。あとツイッターね、友達がやってるから今度教えてもらうわ」
そういうと理子はレシートを手にとり席を立った。
「今日はアタシのおごりってことでいいわよ」
「はい、また何かあったらメール入れますね」と真は答えた。
「送っていくわよ、どこまで?」
「ああ、春日部駅西口でいいですよ、自分藤塚に住んでるんですが」
「ワタシは中央一丁目」
「ああ、駅から近いですねー」
そういうと二人は車にのり、春日部駅西口で別れた。真は涼子の顔、理子の顔を交互に思い 出し、二人の間で揺れている自分の恋の行く末を思い煩っていた。それでも明日はやってくる。フローラのサイト構築で今週は一杯かな、と真は思いながら、家に帰っていった。
題名 新しい出会い 7月4日
<今日は教習所で、新しい出会いがあった。23歳キャビンアテンダントだって。凛とした気迫に 押されたけど、こうゆう女性も居るんだなとか思った。これは恋の始まりではなかろうと思う けど、なんか予感もするけど、自分、最近女性に縁があるな。とまどう> 「アンタの最近のブログ、面白くてしょうがないわ」と席がとなりの恵子がニンマリと真を冷やかしている。突出したことは書いてないつもりだったが、女性は恋愛のキーワードには敏感なんだろうか、と真は女性に対して疑問を持った
「なに?今度はオートバイで引っ掛けたの?恋多き男ね。それと高校生に手を出したら犯罪だからね。ウチから犯罪者出すわけに行かないから、その辺分かってるんでしょうね」
「はいはい、南野桜子君のことですか。恋の対象っていうより、絵の才能がものすごいものがありますからウチのエージェントでイラストレーターになれないかなって思ってるんですよね。恵子さんは彼女の絵見てないでしょう。今度ポートフォリオ作って、出版社に持ち込みに行かせたらって思うんですけどね」
「ふーん、そんなに凄いの?」
「凄いですよ、自分は何で浪人したんだろうって思えるほど高校二年生で芸大確定ですが、本人は絵よりフラワーデザインを取るようですけど」
「ふーん、フローラのあの子ね。ポートフォリオは是非見てみたいわね。出版社に当たって、そこら辺で売り込んでついでにウチにも仕事転がってくれば面白いわね」
「そうですよ、ですから、そうだな、明日フローラに行きますから、話してきます」
「うんうん、それでフローラのWEBサイト、出来たの?」
「一応出来て、これからアップロードして、明日社長に見てもらいますよ」
「おお、出来たのか、ちょっとプレビューしてみろよ」と二人の話を仕事をしながら聞いてい た墨田が話に入った。
「はい、これです」と真は出来た WEBページを見せた。
「なるほど、そつなくまとめてあるな、面白くはないが、真の実力じゃこんなものかな。おい おい商用サイトにするんだろう、真のスキルじゃ出来ないから、システム会社に構築は任せるしかないな、オレたちのやることはWEBのデザインラインの構築だけだな」 辛らつな評価を受けた真だが、WEBデザインも初めてやることなので、何をいわれてもしょうがないか、という気持ちになっていた。
「まだ、これからだな、どうだ、今日は飲むか」
「そうですね、一杯やって帰りましょうか、恵子さんもいくよね」
「もちろん」
ふと、真は明日フローラへ行く告知をツイッターでやっておこうと、 iPhoneを取り出した。
<m_aosima @snow_white 涼子さん、明日また 10時にお伺いします。ホームページが出来たのと 、ツイッターのハッシュタグの使い方と、南野さんにちょっと仕事の話なんかしたいです>
と打ち込むとしばらくして涼子から返信が入った。
< snow_white @m_aosimaはい、わかりました
お待ちしております。ブログ見てますよ、お忙しそうですね(笑)>
と返信が返ってきて、真は冷や汗をかいた。フローラにも自分のブログの URLは教えてあったので、涼子と桜子は、実際のところ毎日真のブログを見ている。真が書けば書くほど、自分のコ コロの在りようが二人には伝わる。理子に傾きかけた心情を見抜かれているのかもしれない、そう思うと冷や汗が出てくる。
「ブログ……、まずいかもなぁ」
と、そう思っても、毎日の習慣は止められない。内容をセーブして書いていくしか方法はない、が、話して、すでに認知された言葉のやり取りが、真には面白くも感じていた。 夕方6時にな った、ワンダースケープの業務はあらかた終了し、ミンナ楽しみのラウンドアバウトでの一杯の 時間になったわけだ。三人がまずは頼むのは中ジョッキのビールだった。乾杯の後、墨田は早速 真の近況について意見する。
「さて、難しい恋愛に陥った真クンは、どうする、オレの見識だと、成長のチャンスだなって思う。突破してみろよ」と励ます。
「はぁ、涼子さんのことですか?自分恋愛したこと無いんですが、彼女は無理目なのかもとも 思うし、アクロバティックな恋かなぁとか思うんですよね」
「恋愛のとっかかりなんて、ミンナアクロバティックだと思うけどな。二つの世界が交わる、そこに命の発展があるんだよ、まぁでも 21歳未亡人てのはマレなケースだけどな。オレも助言しにくい」
「時間掛かるかもねー、ワタシも温かく見守ってるって言うか興味本位だけど、真クンのブレ 方が面白いと感じているのね」と恵子が冷やかす。
「ブレ、てますか?やっぱり。ああでも涼子さんにはホンキなんです。彼女ほどインスピレ ーションをくれる女性はそうそう居ないです。」
「インスピレーションね、確かに女性にはそういう霊力みたいなのがある人っているよな」
「女の直感を舐めたらいけないよ」
「はぁ。」
「明日、会うんだろう。メシ一緒に食うとか、少しはデートに誘うとか、してみたらいいんじゃないか。オマエの芸域も広がると思うんだが。やっぱ色はデザイナーには必要だよな、22年彼 女なしからは脱却しないとな」
「うーん、焦る気持ちもありますが、なにせ相手は死人に縛られてる、死人だと無敵ですよね 、変わることの無い記憶の中に永遠に生き続けるわけで、そういうの崩すのって容易じゃないと思うんですが」
「ま、たしかにな。それと教習所で知り合ったスチュワーデスに転ぶのか」
「え、いや、それは多分無いと思うんですが。年がイッコ上ですし、性格が自分にはちょっと キツイかなぁ。バイク仲間・バイク友達以上にはならないんじゃないでしょうか」
「オマエの顔だと結構母性本能くすぐる顔してるから、結構いい女引っ掛けられると思う」「そうですかね、本人はまぁ生まれついた顔なんで、なんとも。それにいい女は早瀬涼子さんで決まりでーす」
「おーおー言ってくれる、けど、まだなんにもないんだよね、告白してもスルーされちゃって、出会って何ヶ月? 3ヶ月で、毎週会ってるのに何も進展がないのよね」
「まぁそんないじめないでくださいよ、恋愛初心者なんですからボクは」
「そろそろ若葉マークとらないとな」と墨田が笑う。
「はいはい、あ、それと天才の女子高生が居るんですけど、こんどポートフォリオ作ってあげ ようと思ってるんですが、墨田さん、見ていただけます?」
「天才ね。ブログに書いてた女子高生か。芸大目指したお前が言うなら、そうなのだろう、面 白いなフローラって店は。社長も大分今の時代が分かってるみたいだしな。付き合って刺激になる店だよな」
「自分もやってみて、教えてみて発見するってことが多数あります。今は店に並んでる花の名前 覚えるのが結構楽しいです。デンファレとかカトレアとかキレイです」
「まぁいいさ、明日も教習か、金にはならんけど、後々生きてくるから、やってみろ」 「はい」
三人はビールの後に、やっぱりいつもの電気ブランを飲んで、ほろ酔い加減で店を出た。明日は休みだ。三人はそれぞれの予定を考えながら、店先でそれぞれに帰路についた。
題名 恋って難しいか 7月4日
<会社の同僚は、自分のブログを面白いといってくれる。自分は日記として記録する、というた だそれだけの姿勢なのだが、まぁいいか。今日は飲んだ。飲んでるうちに、自分の顔のこと言われて、母性本能をくすぐる顔だっていう。本人は生まれついてのこの顔だからいいか悪いかあまり意識してないけれど。それよりも自分のこのココロの片隅で小さく燃えてる恋心をどうしようか、悩む。恋の相手は難しい人。そう難しいんだよなぁ。>
「そうそう、ハッシュタグつけるようになったんですね、大分上達しましたね」
「ええ、桜子さんがツイッターの参考書貸してくれたので、それ読んで勉強しましたから。フォロワー40人、フォロー20人まで来ました。この位仲間が増えると面白いですね」 と iPhoneをかざしながら、涼子は涼しい顔をしていった。iPhone購入から2ヶ月経って、涼子は社 長に任命されたとおりツイッター担当として、ネットで存在感を出していた。春日部にはカスカベ・コンシェルジュという春日部の情報を集めた立ち上げたばかりのサイトがあるのだが、そこのサイト構築をしたカスコン(kasucon)という女性と相互フォローの関係を結び、カスカベ・ コンシェルジュにフローラの情報が載ることになっていた。
「カスコンさんとフォローで連携しましたか、自分もカラオケオフに誘われているんですが、 涼子さんはどうですか」
「ええ、カスコンさん主催でやるみたいですね、アタシも行きましょう。インターネットで知り合った人と会うのは初めてです」
「ほー、おもしろそうじゃん、ワタシも行く!」と桜子が割って入ってきた。
「カラオケで久しぶりに叫びたいんです」
「分かったよ。南野君はハッシュタグ・ #kasukabeでツイートしてないのかい」
「そうですね、あまり地元ネタには触れていないです。もっぱら#flowerdesignとかそういうマイナーなものが多いです」
「オレと涼子さんはビジネス中心で#kasukabeで大分地元のフォロワーを増やしてる。かなり春 日部のツイッターは盛り上がってるよ、その流れに参加してみないか」 「いいですよ、カラオケオフなんてあるんだぁ」
「カラオケ、2年ぶりです。今までそれどころじゃなかったので」
「まぁ涼子さんは、そう、いろいろあるから、いろいろだぁ」
「うふふ、まぁそうですね、ところで青島さん、またオンナの人できたんですか、もてるんですね」
「は?ああいえいえ、そういうんじゃないですけど、いえあのーバイク仲間なんですけど、秋 にバイクで千葉に行く約束はしてしまいましたが」しどろもどろになる真だった。
「バイクでデートですか、ワタシともデートしてください!」と桜子も突っ込む。
「南野君の場合、あのー東京の出版社に作品持っていかないか、というお誘いは出来る、つーかしてください」
「はい?東京の出版社ですか?なぜに?」
「いや、キミは絵の才能あるから、イラストレーターになってみないかなぁと思ってるんだけど」
「え、いえワタシはフローラでフラワーデザイナーになるのが志望ですけど」
「まぁ花屋に勤めながらでも絵は描けるでしょ、ウチで看板イラストレーターになって欲しいのだ」
「はぁ」桜子はちょっとヘソが曲がったような顔をして、デンファレの入った桶に水を入れ始めた。涼子は話を静かに聴いていたが、途中で iPhoneをいじり始めて、何気なくツイートしていた 。
< white_snow @kasuconカラオケ大会の件、了解しました、日程は日曜日の昼がいいです。楽しみにお待ちしております>
と書いて、iPhoneを閉じて、会話に戻った。 「カラオケ大会の参加、OKしましたので。フローラからは三人出るってことで、いいですね?」
「うっ、涼子さん仕事早いですね」
「インターネット時代はスピードが命みたいですね、この 2ヶ月参考書見ながらやってみました けど、ユーストリームとか見ると、スピードが命ですね。すぐに反応しないとあっという間に置いていかれちゃいますね」
「そうですね、スピード……。あのーでもぶっちゃけ涼子さんとはスピード関係ないですね。 時間がかかるような気がします」
「あはは、ワタシは当分、一人ですよ。一人が今は好きなんです。新しく恋人作る気力が湧かないです」
「うーん、まぁまぁ、ワタシもそんなに焦ってないです。でも自分のココロの中に、小さな炎 が消えずに燃えている、そんな言い方します。失礼。」
「はーい二人とも、シンミリ語ってないで、青島さんのデザインしたホームページ見せて、見せてー!」と桜子がじれたように、声高くいい雰囲気を壊していく。
「あのー折角しんみりいい感じだったのに、わかいなー高校2年生は」
「いいから、パソコン!」
「分かったよ、えーっとじゃあ社長も呼んで来て、見てもらいましょう」
「社長ー!フローラのホームページ出来たってさー」と桜子が叫ぶ。
「んんーほうほう、そうか出来たか、早速見てみよう」と奥の事務所から社長も出てきた。真は、試験的にワンダースケープのサイトににテストでアップロードしていた。見てもらって、OKなら、ドメインをとって、商用サイトとしての第一歩を踏み出す予定だ。真はURLをブラウザ に打ち込んでいく。 WEBページが表示された。
「社長、これです。でもまだ自分もまだまだなんですが、とにかくフローラのイメージを大切にしてみました。ネット通販もやりたいとの意向ですのですが、自分にはそこまではとても作れ ないので、付き合いのあるシステム会社にシステム構築は任せて、デザイン処理だけは私がやろうという計画です」
「ふんふん、こういう感じか」早瀬社長はマウスでスクロールさせてじっくりホームページを 見ていく。
「花の種類はたくさんあるので、その辺の一杯ある感じが弱いな、まぁ、最初はこんなものか なとも思う。まぁいいよ、これで行こう」
「ありがとうございます、それでは、早速ドメインとウェブホスティングを申し込みますね。flora.jpならまだ取れると思いますので、それで行きましょう」「ふーん、青島さんホームページもデザインできるんだ、すごいねー」と桜子。
「そうそう、南野クンの絵の方、写真にとって、ポートフォリオ作って、出版社に営業に行きたいんだけど、作品はある?」
「えー、まぁ絵は飽きるほど描きましたから、写真にとるんですか」
「うん、ポートフォリオって言うのはまぁデザイン業界じゃ作品集って意味かな。それ持って 出版社に営業に行きましょう、フラワーデザインとイラストレーションの二足のわらじでもいいじゃないか、若いんだし、やれるだけやってみよう、応援するから」
真は自分の及ばない高いレベルにある桜子の才能を出来れば形にしてあげたいという気持ち があった。画家になることに挫折している真は、すでに高校生のレベルを超えた桜子の新しい作 品を見てみたい、という好奇心ももちろんあった。
「それじゃ、店終わったら、今日、ウチに来て写真撮ってもらえますか」
「ええっと、そうだね、早いほうがいいかな。写真、デジカメは会社にあるから、ちょっと会社に行ってとって来るね」
「はい、行ってらっしゃい」と涼子。
「ちょっと空けます、すぐ戻ります」と言って真はワンダースケープに戻っていった。会社のデジタル一眼レフを借りるためだった。真をフローラの三人は見送った。
「ふー、いや、人気者は辛いです。絵なんて、ワタシは飽きちゃってるのに。青島さんには負 けました。涼子さんも負けてるのかな。ブログでアレだけラブコールされたら、旦那さんのこと 、忘れられそうですか?」と核心に迫った桜子の言い分だった。涼子はそれを聞いて苦笑いをしながら、外の夕焼け迫った赤い空を見上げた。
「うーん、まだ忘れられない、けれど引っ張られてる自分も少し居るって感じなの」 「そういうレベルなんだ、じゃぁワタシにもチャンスはあるわけで、勝負ですね」 「はいはい、勝負なんて、ワタシは仕事をモノにするので精一杯よ」
そこまで聞いていた早瀬社長はニヤリと笑いながら、話をまとめようとした。
「ふーん、青島君、母性本能をくすぐる顔してるから、磨けばきっとモテモテだろうな。あれ でパソコンオタクで内向きじゃなきゃ、相当な遊び人にもなれるのになぁ、勿体無い。ワシの若 い頃なんざ、花屋ってことでもてたものだよ、ま、オレも口ではなんとでもいえるがな、わはは 」
「はーい、わかりました」と涼子と桜子はあきれながら、店の片付けを始めた。今日はもう客は来そうになかったのと結婚式場のフラワーアレンジメントの仕事もなかったので、開店休業といった感じだった。青島が戻ってきたのは30分後、大きな三脚とデジタル一眼レフを持ってやってきた。
「はい、撮影機材持って来ました。じゃぁ南野君、行きましょう」
「ほんとーにその気なんですね、わかりました。青島さんの情熱に負けます。ワタシの家は北春日部の西口から歩いて 10分くらい。今日はお父さんもいるから、話してみます?証券会社に勤 めながら日曜日に油絵描いてますが、結構売れてます」
「南野さん、は、自分は知らないけど、プロ作家の人と話すのは初めてです。出来れば自分も アドバイスもらいたいです」
「それじゃ、社長、今日は青島さんが付き合うってんで、ちょっと早退させていただきます」
「おう、分かった、おつかれー」
そういうと桜子はフローラの黄色いエプロンを脱ぐと、ロッカーにしまい、手荷物をぶら下げて店を出た。真は後をついっていくように同じく店を出る。出る前に涼子にあいさつをしていった。
「それじゃ、涼子さん、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい、ブログになんて書くか、楽しみにしておりますわ、おほほ」と、真の行動をじっくり堪能するようにチェックを入れていた。真は、冷や汗が出るのを感じたが、成り行き任せで女性との交際の枠が広がっていくのを感じた。
桜子の家は北春日部からちょっと歩いたところにある一軒家で、最近造成された新築の建売だった。真は下心は一切無く、ただ才能を世の中に送り出したら、きっと面白いだろう、という直 感で動いていた。女の子の家に行くのも中学生の頃以来、久しぶりのことだった。やがて家に着くと桜子が案内する。
「はい、ここがワタシのウチでーす。まぁ入って、入って、早く」
「はいはい、わかりました、おじゃまします」そういうと三脚とカメラを持って、玄関に入り 、靴を脱いで上がった。
「おかぁさんー、彼氏連れてきた、どう、ワタシもやるでしょー」と大きな声で桜子の母親を 呼び出した。奥の台所から桜子の母が顔を出した。
「はいはい、あら、ついに桜子にも男の人できたの?ようこそいらっしゃいました桜子の母の 葉子です」
真は彼氏と扱われるのが何か違和感があったのだが、桜子のいつものワルふざけだろうと、愛想笑いで対応した。
「いえ、カレシってわけじゃぁないんですけど、絵の才能に一目ぼれはしていますが」 「まぁまぁ、どうです晩御飯これからなんですけど、一緒にいただいていかれます?」 「はい、桜子さんの絵の写真撮ったら、いただきます。あとそれと、自分も芸大目指して挫折した元画家志望なんですが、旦那様は画家だそうで、その辺で少しお話できたら、って思うんですけど」
「ええ、主人は画家ですよ、日曜画家ですけど、銀座で個展やったりしてます」
「青島さん、早くワタシの部屋にきてー」と桜子が二階から大きな声で真を呼び出す。 「今行きまーす」と言って階段を登って桜子の部屋に入ると、部屋に飾ってある数々油絵に驚いた。
「すげー、やっぱり凄い。合計10点はあるね、早速写真に撮ろう、イーゼルは……、やっぱり あるね。いいイーゼル使ってるな、マーベフの、イタリア製か、オレと同じだ、やっぱり超高校級だよ、キミは」
「父の指導のおかげなんです、さ、全部で10点、さっさと写真に撮っちゃいましょう」 「オーケー、まず、そこの端っこから撮っていこう、イーゼルに掲げて、三脚をセットします 」そういうと真はイーゼルを垂直に調整し、三脚を立てて、デジタル一眼レフをセットした。部屋の光量が気になったが、撮ったあとPhotoshopで調整すればいいやと思いながら、順に作品を写 真に撮って行った。一通り撮影したら、桜子の机の上が気になった。油絵の具とパレット、筆が散乱してる、いかにも無頓着な芸術家の机に、自分と同類であることを、改めて確認した真だった。
「よーし、青島さん、全部撮った?終わったら、食事、晩御飯、おなかすいた」
「はい、じゃぁご馳走になります」そういと二人は階段を下りてダイニングキッチンに向かった。晩御飯はから揚げ。味噌汁、お新香といたってシンプルだったが、から揚げは特製の醤油ダレか掛かってて、とてもおいしそうだった。先に桜子の父と母は食べていた。
「撮影おわりました?、是非食べてください」と葉子が声を掛ける。
「はじめまして、桜子の父の南野大造です、今日は撮影って桜子の絵を写真に撮るんですか」
「はい、ポートフォリオ作って出版社に売り込みたいんです。申し送れましたデザイン 事務 所ワンダースケープのデザイナーの青島真です」「ほう、デザイナーさんですか。どうです娘の絵、かなりなもんでしょ」 「はい、感動的なほど上手いです、ですので、当社でエージェントさせてもらえればと、今日 はポートフォリオの撮影に伺いました」
「家の娘は、そうですね自分のやってることを見よう見まねで、三歳の頃からデッサンやり始めましてね、ピカソか、お前は、と嬉しいような恥ずかしいような、そんなんで 17年経ちました。自分は日曜画家なんですが、おかげさまで銀座で個展開いて、画廊にも出入りできるようにはなってます。娘には画家を目指して欲しいとは思っていないんですが、フラワーデザイナーって、結局美しいものの好きな血統なのかなぁとか思ってます」
「そうですね、自分も芸大挫折して趣味で油絵描くくらいなんですけど、才能が世に出るなら それも面白い、ましてや自分が手がけるならって思います」
「ところで、家の娘と付き合ってるの?そろそろ娘もむずかしい年頃になって来たので、親としてはその辺が気がかりなんですけどね」
「いえ、付き合いはありませんが、携帯電話で話す程度でして、今後は営業を担当させていただきます。お嬢さんの才能の」
「ああ、そういうスタンスなんですか。微妙ですね、まいいや、メシ食いましょう」 「はいー」
「あ、お父さん、ワタシ青島さんのこと好きだから」
「は」真は食べかけたから揚げを噴出しそうになった。
「好きだからねぇ。どうします青島さん。いえ親公認でもいいんですよ、娘と付き合いますか?」
そこまで言われても真は心の中でクビをかしげながら、ちょっと考えて、返事をする。 「いえ、高校生に手を出したら犯罪ですんで、はは、ワタシはビジネスですよー、それにボクには好きな人がいるんです」
「そうですか、ならしょうがない、だってさ、あきらめろ桜子」とビールを飲みながら大造は 桜子を説得する。
「いや、あきらめない」とから揚げをほおばりながら、桜子は切り返す。
「まぁいいや、すきにしろい」
4人はそれぞれに会話をし、盛り上がる。真の芸大受験の話、大造の画廊へのアプローチなど、 真には現役の絵描きの話を聞けて大変刺激になっていった。「よし、自分ももう一回やろう」そんな気持ちになって、南野家をあとにした、帰る頃には、夏の雲の無い空の三日月がきれいな夜だった。
題名 恋心は錯綜する 7月5日
<今日も彼女はそっけない仕草、でも、時間のかかるこの恋は熟成何年になるんだろうか。今日は超高校級の絵の才能を写真に収めた。こちらもじっくり営業して行こうと思う。イラストのエージェントも久しぶりっていうか、当事者になって動くのは初めて。でも負けないさ。今週はツイッターのオフ会もあるから、カラオケでガンガン歌いまくるぞ>
「それじゃ、これで全員集合かしら、じゃぁカラオケへ行きましょう」と、まとめ役のkasuconさんがリードする。ココは春日部駅西口の交番前だ。今日は土曜日、夜 7時の待ち合わせで、ツイッター仲間が 7人集まった。涼子、桜子、真とあと4人、ツイッターで始めて出会う仲間だった。kasuconさんの主催するWEBページ、春日部コンシェルジェはまだ立ち上げて2ヶ月、情報量はマ ダマダだが、今後大いに発展するかもしれない予感は皆が知っていた。桜子はワクワクしながら 、カラオケ店に向かっている、涼子はいつものおとなしい様子で静かに真のとなりを歩いていた。今日も月夜で満月がキレイだった。春日部の町の喧騒はそれなりに賑わっていたけれど、真は 涼子の顔を見るたびに、心臓がキュッっとなるのを感じていた。さりげない会話をしようと涼子に話しかける。
「涼子さんはカラオケとかよく行くんですか?」
「え、アタシですか、そうですねー、店の人とはこらしょで飲んでその後ってあまり無くって 。主人が生きてた頃はたまーに二人で行ってました、高校生の頃の話ですけど」 「そうですか、自分も会社の人とはラウンドアバウトで飲んで、飲んだきりでカラオケは無いんですよね」
「一人じゃ行けないですし、二人でもあんまり面白くないかも、こうやって大勢で行くのが楽しいですよね、カラオケ」
涼子は真と話をしていて、自分の中の何かが少しづつ崩れていく変化を感じていた、もしかし たら真を愛してしまうかもしれない、そういう予感を感じていた。涼子の内部は時を経るたびに 複雑さを増していった。今日はオフ会を楽しむ、そう目標を定めて、オフ会にやってきた。
「はーい、つきました」と kasuconさんが仕切る。
「入りましょ」と真もあとに続く。
「7人お願いします、 2時間ね」
「はい、202号室でお願いします」そういうと店員が202号室へ案内する。ミンナは談笑しなが ら部屋へ入っていって早速、料理、飲み物を注文する。
一人がカラオケのリモコンを手にコードを打ち込み歌い始める、最近の曲だ。
「うたいまーす」そういうと歌い始めた、結構上手い。
真はカラオケのリストを見て、父親の影響で聞いていた、昔のフォークソングを歌ってみることにした。涼子は歌うことはしなくて、にこやかにツイッター仲間の歌声を聞いている、というスタンスだった。やがて飲み物と料理が運ばれてくる。涼子はウーロン茶を飲みながら、ようやくリストを手にして、何を歌うか選び始めた。
「涼子さんは何を歌うんですか」
「えっと、どうしようかな」
「snow_whiteさんって涼子さんって言うんですか。」と初顔合わせのツイッター仲間が話しかけ てきた。
「ええ、早瀬涼子っていいます。花の店フローラの宣伝担当です、ってそこまではもうご存知ですよね」
「えーっとそうですね、そうそうフローラのサイト見ましたよ、春日部コンシェルジェにも掲 載するんですか、まだ情報量少ないですからね、発展を楽しみにしていますよ」
「どうもありがとう」
「じゃ、歌います」と真の番になって歌い始める。昔のフォークソングだ。
「あら、この曲しらないわ、でもいい歌ですわね」と涼子。
「えーっと父親の影響で昔のレコードとかで聞いてた曲です」
「へー、そうなんですか」
「南野桜子、歌います」と今までおとなしくしていた桜子が秋葉原に本拠を置くアイドルグループの最新の歌を歌い始めた。
「うーん、高校生らしい選曲だねぇ」と静かに真が評価する。そうこうしてたら涼子が歌う番になった。涼子の選曲は 3年前に流行った曲だった。やっぱり、涼子の時は2年前で止まってしまっているのかもしれない、と真は選曲を見てそう感じた。愛するものを失う、という経験は真には無いものだった。挫折と言えば芸大入学をあきらめたことくらいで、そのくらいなら毎日死と向き合う経験のある涼子には及ばなかった。そんな風に考えて、涼子に立ち入ることを少し遠慮している真だった。だが、距離を少しでも縮めたいとも思う真だった。
「snow_whiteさん、フローラの宣伝担当なんですよね、アタシのやってるカスコンに掲載しますか、今ならタダですよ。」と kasuconさんが話しかける
「えっと、タダなら、載せてください。社長も喜びますので」
「了解でーす、店舗情報で、アタマに持ってきますから、はーでも立ち上げたばっかりだから認知度がね。 #kasukabeではトップに来ても、まだまだツイッターもユーストリームも発展途上って感じ。でもがんばろうねー」
「そうですね、がんばりましょう」
「青島さん、食べて!飲んでー!」と桜子がはちきれた。
「はいはい」
カラオケ大会は盛り上がり夜の10時まで皆歌い続けた。お開きになり、皆、それぞれの家路に ついた。フローラの三人は春日部駅西口まで一緒に歩き、そこで分かれた。雲ひとつ無い8月の夜 空の満月はやはりキレイだった。月明かりに涼子の横顔を切なく見て、やっぱり好きなんだこの人のことを自分は、と思う真だった。
題名 カラオケで盛り上がり 8月7日
<今日はツイッター仲間とカラオケオフだ。いとしのキミも、女子高生も交えて、かなり盛り 上がった。でもいとしのキミは2年間時が止まったままなんだって歌を聴きながら思った。時計の 針を動かさなくてはいけないのだが、自分にはどうしたらいいのかは未だ分からない。自分には 愛するものを失うという経験が無いのだ。こうしてブログに書きながら、想像する。想像するくらいしか出来ない。ボクは失って泣いたという経験もない。針の山を登るような気持ちなのだろ うか。分からない。それにしても今日は満月がキレイだった。夏なんだなぁ>
続く
※原文ママ
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